「どうしてここに来たの?」
浅野武樹は不機嫌そうに問い返し、ネクタイを緩めながら、小山千恵子に一歩一歩近づいていった。
「ここは私のスイートルームだ」
一日中疲れ果て、怒りが胸に溜まっていた。
目の前の女を見た瞬間、その全てが暴虐な欲望へと変わった。
まるで潮のように激しく押し寄せてきた。
小山千恵子は後ずさりを続け、冷たい壁に背中が当たった。
慌てて、電気のスイッチに触れてしまった。
部屋は暗くなり、書斎の暖かい黄色の小さなスタンドだけが残った。
室温が数度上がったかのように、部屋中が甘い雰囲気に包まれた。
浅野武樹は腕時計を外し、適当に脇に投げ捨てた。
そして小山千恵子の帽子を取った。
頭が涼しくなり、小山千恵子は思わず髪に手を伸ばした。
浅野武樹の熱を帯びた指が、小山千恵子の痩せた頬を滑り落ちていった。
鋭く繊細な鎖骨まで辿り着いた。
男の喉仏が動いた。「最近痩せたな」
小山千恵子の心が揺れ、目を伏せた。
震える手で浅野武樹の手を払いのけ、彼を見上げた。
「浅野社長、話があるなら直接おっしゃってください」
浅野武樹は空中で手を止め、しばらくしてから引っ込めた。
背筋を伸ばし、腕を組んで、鷹のような目つきで目の前の女を見つめた。
「第一病院で何の治療を受けていた?」
小山千恵子は視線を逸らし、歯を食いしばった。
言い訳は考えていたものの、口に出すのが嫌だった。
浅野武樹の目の中の温もりが一気に冷え、指が苛立たしげに腕を叩いた。
「私の忍耐にも限界がある」
目を閉じ、小山千恵子は仕方なく口を開いた。声は乾いていた。
「中絶後の回復です。そうしないと...妊娠に影響が」
浅野武樹の表情が和らぎ、唇に意味深な笑みが浮かんだ。
「言っただろう。嘘をつくときは、私にはわかると」
小山千恵子は浅野武樹の「尋問方法」を思い出し、表情は平静を装ったが、心臓は激しく鼓動していた。
優しくも強引な浅野武樹を拒むことはできなかった。
かつて、彼が彼女を愛していた頃のように。
小山千恵子は爪を掌に食い込ませ、その痛みで少し頭が冴えた。
彼女は浅野武樹の鉄壁のような胸を押した。
「作品の締め切りがあるので、用事がないなら早めに休んでください」
浅野武樹はもちろん帰るつもりはなかった。