第100章 まだ離婚のことを考えているのか?

小山千恵子は書類から顔を上げることなく、もう一枚の紙にきれいな字で署名をしてから、小声で話し始めた。

「いつもの持病よ、大したことないわ。おじいちゃんの手術が終わってからにしましょう」

彼女は顔を上げ、浅野武樹の手を優しく払いのけた。

浅野武樹は表情を変え、反対に小山千恵子の手を掴んだ。

その柔らかな小さな手は氷に浸かったかのように、温もりが全くなかった。

彼は心配になり、しゃがみ込んで、もう片方の手で小山千恵子の額に触れた。

熱はないものの、冷や汗が手に伝わってきた。

小山千恵子は胃の痛みを必死に我慢していたが、彼の動きで体のバランスを崩し、一瞬めまいがした。

男性の手のひらには彼女が最も恋しく思う温もりがあったが、今の小山千恵子の心には何の波紋も立たなかった。

浅野武樹は彼女の手から書類とペンを取り、看護師を呼んだ。

「小山お嬢さんを胃カメラ検査に連れて行ってください。胃潰瘍があって、さっき少し出血がありました」

小山千恵子は看護師が小走りで車椅子を持ってきて検査に連れて行こうとするのを見て、思わず断ろうとした。

「私は…」

浅野武樹は少し強引に手を伸ばし、彼女を安定させながら立たせ、大きな車椅子に柔らかな体を沈ませた。

「行っておいで、ここは私が見ているから」

男性はそれ以上何も言わず、看護師は小山千恵子を乗せた車椅子を急いで救急室へと向かわせた。

小山千恵子は振り返って手術室の入り口に立つ山のように大きな背中を見つめた。

それは彼女の記憶の中の浅野武樹だった。

最も頼りになる避難所のように、彼女と煩わしい諸々を遮断してくれる存在。

でも、なぜ今になって戻ってきたの。

車椅子が角を曲がると、小山千恵子の表情が変わり、白い細い手で必死に口を押さえた。喉が動き、また暗赤色の血が溢れた。

「小山お嬢さん!急いで、先生、検査の準備を!」

藤原晴子はやや冷静さを取り戻したが、いつも整っている前髪と髪の毛も少し乱れていた。

彼女は傍らに立つ寺田通をほとんど見ることなく、数歩で浅野武樹の前に立った。

「浅野社長、もうお帰りください。千恵子との離婚協議書にも署名したのだから、これ以上芝居を演じる必要はありませんよ」

浅野武樹は手術完了の書類をめくり、最後に達筆な署名を書き入れ、看護師に手渡した。