第112章 桜井美月は黒川家のお嬢様

小山千恵子はコップを手に取って水を飲み、その話題には触れないつもりのようだった。

浅野武樹のこの態度は、まるで子供と変わらない。

欲しくないおもちゃは部屋に放り投げ、それが徐々に壊れていくのを放置する。

そして突然、そのおもちゃの良さを思い出すと、執着して取り戻そうとし、なぜ昔のままではないのかと悲しむ。

浅野武樹は冷静な小山千恵子を見つめながら、病院のベッドで刃物を自分に向けていた彼女の姿を思い出し、胸が締め付けられる思いで、ため息をつきながら場を取り繕った。

「わかった、もう言わない。小山雫さんのことは、引き続き調べる手伝いをするから、これは断らないでくれ。」

小山千恵子はようやくコップを置き、素直に頷いた。

「海は寒いわ。帰りたい。」

浅野武樹は上着を脱いで小山千恵子にかけ、低く「ああ」と返事をして、デッキを離れて船を操縦しに行った。