小山実家を離れた千恵子は、A国行きのビザとチケットの手配に取り掛かった。
彼女は必ず行かなければならなかった。
そう固く決意していたものの、あの方がいる場所については、まったく見当がつかなかった。
A国北部はあまりにも広大で、どんなに手を尽くしても、いつ見つかるかわからなかった。
千恵子は私立探偵に電話をかけ、二十年前に移住した華僑、特に現在は控えめに隠居している人物を重点的に調査するよう依頼した。
同時に千葉隆弘も、配下の者たちにA国での調査を展開させ、千葉家のA国での商業ネットワークを利用して捜索を進めた。
しかし、もともと姿を消すつもりだった人物を探すのは、まさに大海に針を探すようなものだった。
千恵子は写真の一角と、母の遺品の中から見つけたばかりのペンダントしか持っておらず、容姿も年齢も分からなかった。
でも彼女には、この方を見つけられるという直感があった。
祖父がICUから一般病棟に移されてからは、植物状態と診断され、千恵子は毎日ベッドの傍らで祖父に付き添っていた。祖父は昔と同じように安らかに眠っていた。
携帯が振動し、千恵子は病室の外に出て電話に出た。
「もしもし?」
「小山お嬢さんですか?私どもはビザ代行機関です。結婚証明書と資産証明書が必要となりますので、お手数ですが早めにご提出をお願いいたします。」
千恵子は一瞬戸惑い、そのことをすっかり忘れていたことに気付いた。
結婚証明書を見るのは何年ぶりだろう。間違いなければ浅野武樹の手元にあるはずだ。他の証明書と一緒に、中腹別荘の書斎に保管されているはずだった。
千恵子は目を細め、以前浅野武樹との間で書斎であった不愉快な思い出を微かに思い出した。
「はい、分かりました。」
千恵子は電話を切り、深呼吸をして気持ちを整え、中腹別荘に向かう準備を始めた。
以前浅野武樹に、ボディーガードが常に付き添うのは好ましくないと伝えていたが、彼は本当にボディーガードとドライバーを全て引き上げていた。
代わりに白いベントレー・コンチネンタルを用意してくれた。小ぶりな車体で、行動しやすかった。
千恵子は中腹別荘の敷地内に車を停め、玄関前で長い間躊躇していた。
今回の訪問は、結婚証明書を取りに来ただけでなく、他の思惑もあった。