第158章 まさか彼なのか

藤原晴子は咳払いをして、さりげなく尋ねた。「先生は往診できないのですか?優子ちゃんをあそこに置いておくなんて、心配で仕方ありません。」

小山千恵子は暗い表情を浮かべながらも、優子に優しく微笑みかけた。

「黒川さんによると、先生は高齢のため、もう紅霞寺の外には出られないそうです。そうでなければ、私も帝都に戻らず、直接先生を新国に招いていたでしょう。」

優子を身ごもってから今日まで、多くの苦難を経験してきたが、小山千恵子は小山優子と半日も離れたことがなかった。

優子の柔らかな頬と、ぽっちゃりした小さな手が自分の指を握る様子を見て、小山千恵子の心は切なく寂しかった。

赤ちゃんと一時的に離れ離れになるけれど、母親として、しなければならない決断があった。

「黒川さんは先生の腕を信頼しているので、私も覚悟を決めるしかありません。」

藤原晴子はそれを聞き、厳しい表情の寺田通を一瞥して、もう説得を諦めた。

小山千恵子の頑固さは、彼女が一番よく知っていた。

一度決めたことは、よほどのことがない限り、基本的に揺らぐことはない。

この時期に紅霞寺行きを止めようとすれば、かえって疑いを持たれるだけだ。

藤原晴子の家の下に着くと、寺田通は気を利かせて先に荷物を階上に運び、藤原晴子は心配そうな顔で小山千恵子を引き止めた。

「千恵子、帝都に戻ってきたからには、会いたくない人に出会った時のことを考えているの?」

小山千恵子は眠りこけている優子を優しく抱きながら、少し考え込んだ。

藤原晴子の言う件については、帰りの飛行機の中でずっと考えていた。

浅野武樹は帝都を離れていないのだから、ここで出会うのは不思議ではない。

しかし意外なことに、小山千恵子の中での浅野武樹のイメージが、徐々に曖昧になってきていた。

唯一覚えているのは、彼の鋭い眼差しと、いつも着ている黒の三ピーススーツだけだった。

それ以上の細部は、まるで水に浸かった本のように、頭の中でぼんやりとしていた。

結婚していた人とは思えないほど薄れていた。

小山千恵子は静かな声で、率直に言った。「正直、考えていません。でも、彼も私のことなんて気づかないでしょう。」

藤原晴子は目に浮かぶ心配を隠しながら、小山千恵子の姿を見つめた。