第186章 彼は彼女のことを忘れていた

桜井美月は顔色を失い、マイクを持つ手が微かに震え、言葉を失った。

会場は騒然となった。

「桜井さんって本当に刑務所に入っていたの？どんな罪を犯したの？」

「浅野家がこんな汚点を許せるの？笑わせるわ」

「確かに覚えてるわ。昔、彼女は車椅子に乗ってたけど、足の障害は演技だったのよ！」

「なるほど、養女を息子の嫁にするなんて、浅野遥の算段は見事だこと」

様々な噂が飛び交う中、桜井美月はその場に凍りついていた。

この瞬間、彼女は気づいた。過去にしたことは、どんなに些細なことでも、帝都のような狭い世界では、誰かが必ず覚えているということを。

おそらく、一生この汚名を返上することはできないだろう。

桜井美月は体を震わせながら、助けを求めるように浅野武樹を見つめ、そして浅野遥を見た。

浅野遥は咳払いをして、重々しく口を開いた。

「皆様、どうかお静かに。ここで私の養女であり、将来の息子の嫁となる桜井美月の、かつての冤罪を晴らさせていただきます」

小山千恵子はオレンジジュースを飲んでいて、思わず喉に詰まりそうになった。

浅野遥はこんな場で、厚かましくも桜井美月の潔白を証明しようというのか？

本当に驚かされる。

会場には小さな議論の声だけが聞こえた。誰も浅野家と敵対したくはなかったからだ。

浅野遥は一歩前に出て、桜井美月の手を取り、平然と話し始めた。

「美月は私の戦友の遺児で、長年苦労して生きてきました。浅野家に入ってからも、私は彼女を十分に守ることができず、悪意ある者の策略により、舞台事故で一生の障害を負うところでした」

小山千恵子は目を細め、歯を食いしばって冷笑を堪えた。

舞台事故と障害の件は、すでに桜井美月の策略が公の場で暴かれていた。彼女自身が仕組んだ芝居だということは、もはや動かぬ事実だった。

浅野遥は、このような場で誰も彼に異議を唱えないと確信しているのか？

それとも、帝都の名家には記憶がないと思い込んでいるのか？