浅野武樹は冷たい表情で、広い事務椅子に寄りかかり、両手を組んで、審査するような目つきをしていた。
寺田通についての彼の理解では、この有能な秘書は決して軽々しく物を言う人ではなく、時には彼以上に慎重に行動する人物だった。
しかし、自分に前妻がいたという事実は、彼の記憶の中に一度も存在したことがなく、極めて荒唐無稽なことだった!
浅野実家には、彼と桜井美月が長年暮らしてきた痕跡がある。
二人の写真やウェディング写真が壁に飾られ、庭には桜井美月が愛するユリの花が何年も植えられていた。
彼の人生には、小山千恵子という女性が存在していたことを証明する証拠は一切なかった。
寺田通は背中に冷や汗が浮かび、浅野武樹の表情を見ると、明らかに納得していないようだった。
確かに自分も少し軽率だった。結局のところ、小山千恵子と浅野武樹の過去を証明するものは何も持っていなかったのだから。