第189章 彼女はあなたの元妻です

テラスを離れた後、浅野武樹はずっと心ここにあらずの状態だった。

テラスにいたあの女性の細い姿が、どういうわけか彼の脳裏に焼き付いていた。

どこかで会ったことがあるのだろうか?

浅野武樹は何気なく隣にいる桜井美月を一瞥した。彼女はすでに普段通りの表情を取り戻していた。

しかし、彼は見逃さなかった。桜井美月があの女性を見た時の目に宿った恐怖と憎しみを。

浅野武樹は静かにシルバースターレーシングチームの名前を心に留めた。

わずかな手がかりさえあれば、浅野家が見つけられない人間などいない。

「浅野社長、浅野社長?」

浅野武樹は急に我に返り、目の前で笑顔を浮かべる中年の男性を見て、丁寧に応じた。「申し訳ありません、京極社長。考え事をしていました。」

こんな社交の場で気を散らすなんて、信じられない。

京極社長がシャンパンを差し出し、円滑に話題を変えた。

「浅野社長、お気遣いなく。私も元々は帝都の小物でしたが、最近浅野家が手放そうとしているファッション産業に興味があり、少しお話させていただきたいと思いまして。」

浅野武樹は真剣な表情になり、シャンパンを受け取って姿勢を正した。「もちろんです。浅野家はこの分野に興味を持つ企業を歓迎します。」

仕事に関することとなると、彼はいつも真摯で几帳面な態度を見せた。

京極社長の取り入るような笑顔が少し引き締まり、黒く輝く目に鋭い光が宿った。中年男性には珍しい眼差しだった。

「浅野社長、まず気になるのですが、現在帝都のファッション産業は絶頂期にあるのに、なぜ浅野家は事業全体を一括売却しようとしているのでしょうか?」

浅野武樹は頷き、平然と答えた。「浅野グループは常に伝統産業を手がけてきました。エネルギー、不動産、テクノロジー、これらが我々の核となる事業です。私は、発展にはより専門的な集中が必要だと考えています。人も資金も、要所に使うべきですからね。京極社長もご理解いただけると思います。」

建前の言葉を流暢に述べたものの、浅野武樹は知っていた。これが主な理由ではないことを。

彼が回復後、浅野家に戻って社長の業務を再び引き継いだとき、多くの事業はスムーズに引き継ぐことができた。

しかし、最近投資したこのファッションデザイン産業だけは、どうしても理解できなかった。