第200章 小山千恵子こそが会社の社長

小山千恵子は自分の腕の傷跡に目を落とし、しばらく黙って考え込んだ。

「浅野社長、以前の記憶を取り戻したいのなら、それは可能です…」

彼女は冷ややかに笑いながら、浅野武樹の鉄腕の束縛から軽やかに逃れた。

「…でも、今ではありません」

浅野武樹は一瞬固まり、手のひらには小山千恵子の腕の冷たさがまだ残っているようだった。

謎の答えは薄い膜一枚で明らかになるところだったのに、彼女は全てを打ち明けようとしなかった。

小山千恵子は自分に関する記憶を取り戻してほしいと願っているはずなのに、違うのだろうか?

小山千恵子はパーカーの袖を下ろし、足を止めた。「浅野社長がご希望なら、土曜日はいつもの時間に予約しておきます」

浅野武樹はそこで初めて、二人が彼の車の前まで来ていることに気付いた。

もう追及する面子もなく、車のドアを開けて去ろうとしたが、運転席に座る前に一言残した。

「では土曜日に」

小山千恵子は見慣れたベントレーのテールランプが門の前で消えていくのを見つめながら、胸に重みを感じていた。

浅野武樹の脳裏にある彼女についての記憶が、少しずつ目覚めつつあった。

しかし過去の記憶は、必ずしも美しいものばかりではない。

その中には浅野武樹の冷酷さと盲目さ、そして彼女自身の卑屈さと決意が含まれていた。

思い出すだけで胸が痛むような記憶は、桜井美月が巣を奪い、彼女に取って代わろうとしなければ、小山千恵子は浅野武樹に二度と思い出してほしくなかった。

桜井美月と井上晶子はすぐに警察署に連れて行かれ、供述と証拠採取が行われたが、その手続きは予想外に簡単で迅速だった。

女性警官は最後の書類を片付けながら、二人に帰っていいと合図した。

井上晶子は覚悟を決めて、父親に叱られる覚悟をしていた。

しかし警察は彼女たちを困らせることもなく、父親にも連絡しなかった。

桜井美月は証拠書類と証明書を握りしめながら、不安な気持ちでいっぱいだった。

理屈から言えば、小山千恵子は勝利を確信していたはずで、彼女たちに厳しい教訓を与え、事を大きくするはずだった。

桜井美月は目に浮かぶ計算を隠し、哀れっぽく尋ねた。「本当に帰っていいんですか?」

女性警官は爽やかに笑いながら頷き、何も言わずに彼女たちを見送った。