桜井美月は涙を目に浮かべながらも、浅野武樹の権威に公然と挑戦する勇気はなく、服の裾をぎゅっと握りしめた。
自分の妻が侮辱されたばかりなのに、この男はどうしてこんなにも無関心でいられるのか!
そして、証拠を集めるということは、警察に通報することを意味する。
前科のある彼女は、もう二度と警察と関わりたくなかった……
小山千恵子は警察への通報を終え、緊張感漂う更衣室に戻り、冷静な目で周囲を見渡した。
「警察がもうすぐ来ます。厳重な秘密保持を特別に依頼しました。桜井さんは後で署に行って証拠採取をすればいいです」
桜井美月は篩にかけられたように体を震わせ、顔の両側に垂れた髪が目の中の険しさを隠していた。
彼女は全てを計算していたのに、浅野武樹が小山千恵子の味方をするとは思いもよらなかった!
井上晶子は少し慌てた様子で桜井美月を見つめた。
小山千恵子に目に物を見せるだけのはずだったのに!
警察が呼ばれた以上、自分も無関係ではいられない。井上お爺さんに知られたら、きっと良い目に遭わないだろう。
小山千恵子は目を向け、平静を装う井上晶子を見つめ、淡々と口を開いた。
「井上さんも一緒に行きましょう。後で自分で行くことになるより良いでしょう」
小山千恵子は井上晶子に近づき、意味深な口調で付け加えながら、床に落ちた彼女の携帯電話を渡した。
「それと、携帯を忘れないでください」
桜井美月は真っ赤な目で井上晶子を見つめ、悪意を込めた。
この若造め、やはり当てにならない!
年の功というものだ。彼女の最高の相棒は、やはり黒川芽衣だった。
しかし出所してから今まで、黒川芽衣の行方は全く分からず、生死すら不明だった。
それなのに小山千恵子は血液がんを克服し、帝都に戻ってきた!
あの時彼女を始末しなかったのが、最大の失敗だった。
浅野武樹を完全に手中に収める前に、今は孤立無援の状態だ。早急に頼りになる助っ人を見つけ、小山千恵子を踏みつぶさなければならない。
小山千恵子は自分の清潔な服を持ってきて、きちんと袋に入れ、桜井美月の足元に置いた。
「証拠採取の後、桜井さんは私の服で我慢してください。後の処理はシルバースターレーシングチームが行います。48時間以内に納得のいく対応をさせていただきます」