桜井美月は失笑した。「もう少しで信じるところだったわ」
彼女は黒川家に出入りしていた人間だから、帝都で伝説のように存在するこの名門の本当の力がどれほどのものか、よく知っていた。
しかし黒川芽衣が失踪した後、彼女も刑務所に入れられ、出所後は世界が変わってしまった。黒川家の門は、もう二度と彼女のために開かれることはなかった。
幸い、浅野遥にはまだ利用価値があったから、そうでなければ浅野家という足場すら失っていたかもしれない。
小山千恵子は礼儀正しく微笑んだが、その目には温かみがなく、桜井美月とすれ違った。
「特に用事がなければ、私は報告の準備に行きます」
桜井美月は歯ぎしりするほど腹が立った。
取締役会の報告には、彼女は入れないし、干渉もできない。
浅野遥を通じても、今の浅野武樹を抑えることは難しいだろう。
彼女には嫌な予感があった。浅野武樹の記憶が、確実に少しずつ戻りつつあるのだ。
彼が目覚めたばかりの頃は、浅野遥に対してとても恭しく、以前とは大きく異なっていた。
しかし徐々に、父子間には以前のような水と油のような関係が戻り始めていた。
桜井美月は目を閉じ、心の中で渦巻く怒りを必死に抑えた。
彼女の最後の希望は、浅野遥だけだった。
浅野グループの会長として、一言で小山千恵子の企画案を否決できるのだから。
会議室の中。
上田グループと銀魂広告が順番に報告を始め、浅野武樹は冷たい表情で長テーブルの端に座り、興味なさげだった。
会社の規模が大きくなると、経営方式は形式的になり、聞いても聞いても新鮮味がない。
彼は何気なくいくつかの数字をメモし、長い指で目の前の最後の企画書をめくった。
このニエバイデザインの提案は、とても興味深く、浅野武樹はこの企業の代表がどんな人物なのか非常に気になっていた。
公平性と機密保持の要件により、取締役会のメンバーは今日まで、いかなる企業の代表とも事前に接触することはできなかった。
銀魂広告の京極社長が提案を終えると、取締役会のメンバーから多くの質問が出たが、浅野武樹は終始沈黙を保ち、数文字の注釈を書き込んだ。
功罪なし、将来性なし。
休憩時間中、浅野武樹は無意識に肘掛けを叩きながら、深い思考に沈んでいた。