第212章 かつて本当に愛していたかもしれない

おっと。

寺田通は横目で顔面蒼白の桜井美月を一瞥し、社長専用エレベーターに視線を戻すと、心の中の schadenfreude を抑えきれなかった。

この状況は、まったく、誤解されても仕方がないな。

浅野社長も随分と焦っているようだな……

小山千恵子は我に返り、しなやかな体を浅野武樹の鉄壁のような腕から抜け出し、服のしわを整えると、何事もなかったかのようにエレベーターを出た。

彼女は桜井美月の姿を見かけたが、特に視線を向けることもなく、すれ違いながら真っ直ぐに出口へと向かった。

彼女が浅野グループにいることは、桜井美月もいずれ知ることになるだろう。

もし彼女を刺激して、混乱させることができれば、それも悪くない。

桜井美月の目に殺気が走ったが、すぐに可憐な眼差しを浅野武樹に向けた。

「武樹さん……」