小山千恵子は何が起きたのか分からず、意を決して本部長室に足を踏み入れた。
「浅野社長、おはようございます。」
なるほど、朝からこんな重苦しい雰囲気なのは、浅野武樹が早くからここで怒っていたからだ。
本部長室は直接彼に報告する部署だが、自分の立場が圧力になることを考慮して、彼はめったに本部長室に足を踏み入れることはなかった。
今回は何をしに来たのだろう?
浅野武樹は長い脚で部屋を出ようとし、小山千恵子とすれ違いざまに低い声で言った。「ファッションショーの企画案は決定した。小山本部長は仕事に専念してください。」
ウッディな香りが漂い過ぎ去り、男は廊下の奥へと消えていった。
小山千恵子の目に疑問の色が浮かんだ。
わざわざ来たのは、それを言うためだけ?
若い社員たちは穴から顔を出すプレーリードッグのように、次々と席から顔を出し、きょろきょろと大きな目を回していた。
上司が本当に去ったことを確認すると、戸田さんが笑顔で先頭に立って立ち上がった。「小山本部長、おはようございます!」
他の社員たちも笑顔で挨拶を交わし、オフィスは普段の賑やかさを取り戻した。
「本部長、フォーラムの噂なんて根も葉もないものだと分かっていました!」
「大げさに言われすぎて、私も少し信じかけちゃいました。申し訳ありません……」
「これでショーの準備に専念できます。リストラの心配もなくなりました!」
みんなが小山千恵子の周りで口々に言い、謝罪する者もいれば安堵の声を上げる者もいて、彼女の気持ちもだいぶ楽になった。
「それで、浅野社長は何て言ってたの?」
戸田さんは目を輝かせた。「浅野社長があなたを守ってくれているって分かっていました!私たちの企画案を承認して、プロジェクトは予定通り進めると言ってくれました。噂は賢者には届かないって。」
隣の若い社員が急いで付け加えた。「それだけじゃないんです!浅野社長は『君たちは私が慎重に選び育てたチームだ。ゴシップ程度で動揺するようなら、さっさと辞めろ』とも言ってました。」
社員の物まねが絶妙で、みんな笑い出した。
小山千恵子は密かに目を見開いた。
浅野武樹は噂を否定しに来たのか……
しかも彼女がいない時を選んで。