浅野武樹は喉仏を動かし、口を開きかけたが何も言わなかった。
彼は最近、資産の移転を完了させ、不動産もほぼ売却していた。
南アメリカへの旅は命を賭けなければならないもので、彼自身も大きな自信はなかった。
そしてリスクが大きすぎるため、小山千恵子と小山優子を巻き込みたくなかった。
しかし今となっては、もう千恵子に嘘をつくことはできない。
誰に対しても嘘をつけるかもしれないが、千恵子の前では本能的に正直でありたかった。
何から逃げているのか……
唯一逃げているのは、おそらく千恵子に近づきたくてたまらない自分の心だろう。
浅野武樹は溜息をつき、額の前の乱れた髪をかき上げた。その目には隠しきれない寂しさが浮かんでいた。
「千恵子、君が知りたくないと思っていたから、あまり話さなかったんだ。知りたいことは全て話すよ」