空が徐々に暗くなり、望月あかりは目を開いたまま、電気をつけずに天井の丸い照明カバーを見つめていた。壁の古い時計が9回連続で鳴り、1秒置いてもう1回鳴った。
夜の9時半。
ドアの外で鍵を開ける音がし、山田進がドアを開け、電気をつけた。
頭上の明かりが突然ついて、望月あかりは目が痛くなり、生理的に目を閉じて痛みを和らげた。
黒いスーツケースを引き入れ、スリッパに履き替え、二歩歩いてようやくソファーに横たわっているあかりに気付いた。
まっすぐな眉が少し寄り、山田進は驚いたように小声で言った。「どうして声を出さないの?」
目の前の明かりが山田進に遮られ、望月あかりは少し慣れてから、全ての思考を切り替え、笑って言った。「考え事をしていて、ぼーっとしていたから、あなたが帰ってきたのに気付かなかったの。」
彼女は立ち上がり、玄関まで行って山田進のスーツケースを持ち、寝室まで運んだ。
「どうしてこんなに遅いの?ずっと待っていたのに。」
午後に着くと言っていたのに、もう10時近くになっていた。
山田進はネクタイを緩める手を一瞬止め、すぐに何でもないかのように説明した。「飛行機が遅れたんだ。」
横浜市の天候は変わりやすく、彼の飛行機が遅れるのはよくあることだった。
望月あかりは手を止め、ふと思った。もしかしたら、以前も飛行機の遅延と言っていたのは嘘で、ただ他の人と一緒にいただけなのかもしれない。
その考えを打ち切り、それ以上追及しなかった。
清潔なタオルを山田進に渡し、先にシャワーを浴びて、楽な服に着替えてから食事をするように言った。
「それが...飛行機が遅れて、機内で食べたんだ。」山田進は申し訳なさそうに言い、すぐにあかりが気を悪くしないように付け加えた。「でも君が作ったスープが飲みたいな。入り口で香りを嗅いだけど、きっと美味しいと思う。」
以前なら、望月あかりはすぐにスープを注ぎ、全てを完璧に用意して、彼に持っていったはずだ。
期待に満ちた表情で、彼の感想を待っていたはずだ。
しかし今回、望月あかりは動かなかった。
スーツケースを開けて汚れた服を整理しながら、目も上げずに言った。
「スープは台所にあるわ。自分で注いで、塩を少し足せば飲めるわ。」
山田進は彼女が自分の荷物を片付けているのを見て、珍しく不快感を覚えず、自分で立ち上がってスープを注ぎに行った。
ちょうど外で食べ過ぎて喉が渇いていたし、少し飲んで彼女の機嫌を取ろうと思った。
台所に入って、山田進は今日はごまかせないことを悟った。
普段スープを飲む時、彼は香菜とネギをたくさん入れるのだが、いつもなら望月あかりが細かく刻んで小さな器に用意しているのに、今日は全ての野菜がまだ袋の中に入ったままで、香菜の根には土がついていた。
鍋の中の地鶏スープは十分に煮込まれており、スープは濃厚だが重くなく、ただ冷めていて、薄い油の花が表面に浮かび、丸みを帯びた光沢を反射していた。
山田進は瞬時に食欲を失った。今日は既に食べ過ぎていたし、今これを見ると油っこく感じた。
振り返って自分に水を注ぎ、寝室で望月あかりを探そうとしたが、テーブルの上に手提げ袋を見つけた。
真っ黒な紙袋で、白いブランドのロゴだけが付いている高級アクセサリーブランドのもので、最も安いものでも1万円以上する。
山田進は心が沈み、袋を手に取って開けると、青いベルベットのジュエリーボックスの中に繊細なブレスレットが静かに横たわっており、その上のダイヤモンドが眩しい光を放っていた。
望月あかりが寝室から出てきて、まだ彼の汚れた服を抱えていた。
山田進が葉月しずくのジュエリーボックスを持っているのを見て、反射的に説明しようとしたが、頭の中にその女の子の甘い笑いと10万円が浮かび、口まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。
望月あかりは尋ねた。「きれいでしょう?このブレスレット、とても素敵だと思うわ」
山田進は眉をひそめ、彼女を見る目が次第に冷たくなっていった。
本当に誤解したのね、望月あかりは心の中で嘲笑した。
このブレスレットはこのブランドの人気シリーズで、月ごとに異なるデザインになっている。葉月しずくはちょうど彼女と同じ月生まれで、だからこのブレスレットは彼女の誕生月のデザインだった。
80万円のブレスレットは200万円の口紅に比べれば全然高くない。
けれど、山田進の目線は、望月あかりの胸にざらついた砂を流し込むような不快さを残した。彼はそのブレスレットが誰から贈られたのか、聞こうともしない。ただ、その非難めいた視線だけで、「お前にはそんな高価なもの、ふさわしくない」と言われている気がした。
望月あかりは汚れた服をソファーに置き、突然全てが味気なく感じられた。彼女は騒ぎ立てたり争ったりする性格ではなく、あの女の子が誰なのかも、彼女に200万円を使ったことも、どうでもよかった。
気になるのは、今の彼の彼女への眼差しだけだった。
「なんで他人の物なんか受け取るんだ?そんなことしてたら、変な目で見られるぞ!これは高価な品だ、早く返してこい!」
彼の目は、まるで彼女を安っぽい女でも見るかのようだった。彼の視線には金しか映っていない。
「誕生日プレゼントとしてもらっただけよ。相手が私を口説いてるわけでもないのに、なんで返さなきゃいけないの?」
彼女は冷たく笑った。悪者が先に怒るなんて、ほんと見苦しい。
私が人から物をもらったら「変な目で見られる」って言うけど──
じゃあ、あなたがあの女の子にいろいろ贈ってたのは?あの子は周りにどう思われても平気なの?
「スープを飲みたければ温め直して。お料理も取っておいたわ。時間が遅いから、私は学校に戻らないと」
彼のことを手配し終えると、彼の手からブレスレットを取り戻してボックスに入れ、望月あかりは靴を履き替えて出て行った。
ドアの前で立ち止まり、説明した。「それと、このブレスレットは私のルームメイトの物よ。私が代わりに持って帰るの」
彼女は本当に嘘をつくのが向いていないのかもしれない。たった2分で心が乱れてしまった。
山田進は彼女を誤解したことを自覚し、追いかけて行った。
「あかり、疑っているわけじゃないんだ」
望月あかりの腕を引いて、彼女を連れ戻そうとし、声を柔らかくした。「帰国したばかりで疲れているんだけだった。君に不満があるわけじゃない。君も俺を誤解させるようなことをしてはいけない。ごめん、こんなに久しぶりに会ったのに、拗ねないでくれる?」
望月あかりは言い返さなかったが、態度は妥協的だった。
彼に手を引かれて家に入り、まるで彼の先ほどの失礼な態度など全く気にしていないかのようだった。
帰国が疲れたわけじゃない。あのプリンセスと一緒に一日中デパートを回り続けたのが疲れたのだ。
「パリからプレゼントを持って来たんだ。きっと気に入ると思う」彼女が怒っていないのを見て、山田進はようやく安心し、彼女を寝室へ連れて行った。
望月あかりは従順についていった。
先ほど片付けている時に、スーツケースの中に高級ブランドの緑の箱があるのを見ていた。中には細いネックレスが入っており、ペンダントは定番の四つ葉のクローバーで、とても輝いていた。
彼女は開けて見たが、そのネックレスには触れず、元の位置に戻しておいた。なぜなら、それが自分へのものかどうか確信が持てなかったから。もしかしたらプリンセスが置き忘れたものかもしれない。
しかし今、望月あかりは確信した。このネックレスは自分へのものだと。
フランスで買った物なら、それなりの価値はあるはず。自分の待遇が上がったようね、これもあのプリンセスのおかげだわ。
彼について寝室に入ると、山田進はスーツケースをしばらく探り、服の山から目立たない黒い箱を取り出し、笑顔で望月あかりに渡した。
「誕生日おめでとう、あかり」
その箱は小さくて、とても上品だった。
望月あかりはその小さな箱を見つめながら、目の前に自分の心臓が見えた。今日、山田進に笑顔で一刀両断にされ、血肉が模糊となった心臓が。
……
ネックレスの箱はまだスーツケースの中にしっかりと収まっており、隠されることもなく、その高価な価値を望月あかりに誇示するかのようだった。
望月あかりは苦しそうに笑い、心の中は酸っぱさでいっぱいだった。「ありがとう」
中身は香水かなにかだろうと推測した。ブランドは今日の午後、山田進と会ったあの専門店のものに違いない。
他人と一緒にいる時に自分のことを覚えていてくれたことに感謝すべきか、それともネックレス一本ももらえなかった自分を哀れむべきか。
そうだ、彼は一度も彼女にアクセサリーをプレゼントしたことがなく、化粧品を使うことも許さなかった。
山田進は望月あかりがあまり嬉しそうでないのを見て、言った。「この香水は特別に選んだんだ。フランスの香水は有名だからね。まずは使ってみて、気に入ったら、今度は違う香りのヤツを持って帰ってくるよ」
彼女は香水をつけない。その香りを嗅ぐことができない。彼女の体からはいつも油絵のテレピン油の匂いがしていて、混ざると変な匂いになる。
山田進はそれを知っているはずなのに、今になって香水を贈ってきた。
「ありがとう。私、今から学校に戻らないと。もう遅いから。」望月あかりは礼を言った。彼女はただこの家から逃げ出したかった。ここにいると息ができない、窒息しそうだった。
彼女の誕生日は、終わった。