望月あかりはルージュを開けて、試し塗りをせずに、直接山田進に尋ねた。
「あそこには私の好きな色がたくさんあるの。もう一つバイトを増やせば、違う色を何本か買えるくらいの収入になるはずよ」
山田進はルージュを見ただけで頭が痛くなった。腕の色を洗い落とすのに随分時間がかかったことを思い出し、腕を背中に隠して、向きを変えて学校の中へ歩き始めた。
「女の子のものは全然分からないよ。俺には赤色にしか見えない」それらの色を見ているだけで目が回りそうで、何も区別できなかった。「まずは商品を返してきて、今夜は俺が夜勤に付き合うから、明日必ず店に断りを入れるんだ」
「そういうものが好きなら、買ってきたら経費で落とすよ」
望月あかりは答えず、心の中で苦い思いをした。
やはり違いがあるのだ。プリンセスには丁寧に試し塗りをしてあげるのに、私のところでは分からないと言って、買ったら経費で落とすと言う。
経費で落とす?彼女は聞きたかった:200万円のものを買ってきても、経費で落としてくれるの?
望月あかりは聞かなかった。そんなことを聞けば、自分の尊厳が傷つくから。
……
実際、山田進は望月あかりにとても優しかった。彼は彼氏としてすべきことを何でもしてくれた。
例えば今も、コンビニに客が来ると、山田進がレジを打ち、望月あかりは横の椅子で休むよう言われていた。
このコンビニは、二人の始まりを見守ってきた場所だった。
当時彼女は大学一年生で、父と継母は彼女を養える余裕があり、大学はもちろん、修士や博士まで進学させると約束していた。
ところが継母の息子が勉強もせず喧嘩を起こし、転校を命じられ、転校費用と喧嘩の賠償金で、父がトラック運転手として何年も貯めた貯金は、その出来の悪い弟のために全て使われてしまった。
望月あかりに回るお金はほとんど残っておらず、父の申し訳なさそうな顔を見て、彼女は仕方なく、負担を減らすために生活費を稼ごうとアルバイトを探し回った。
その頃はまだ人気のない場所で、道の両側は田んぼばかりだった。夜勤が終わると、朝まで店で待って、歩いて学校に帰っていた。
あの日、静けさを破る衝突音が鳴り響いた。乗用車がガードレールに衝突し、壁は崩れ、車は変形していた。
望月あかりが駆けつけた時、山田進は全身血まみれで意識を失っていた。
彼女は救急車を呼んだが、周りに目撃者がおらず、救急車に同乗して病院まで付き添うしかなかった。
山田進は意識不明のままで、携帯電話は粉々に壊れ、画面ロックも解除できず、身分証も持っていなかったため、病院の緊急連絡先には彼女の連絡先が残された。
その後、望月あかりは事故の捜査協力のため警察署に呼ばれ、戻ってきた時には手術が無事成功し、彼もすぐに意識を取り戻して、家族と連絡が取れ、転院したことだけを知らされた。
警察の事故調査に不審な点はなく、望月あかりの生活も元の静けさを取り戻し、相変わらず毎晩夜勤をして、朝に歩いて帰るという日々が続いた。
山田進と再会したのは、それから2ヶ月後のことだった。彼の額には目立つ新しい傷跡があり、松葉杖をつき、左足にはギプスをはめていた。
コンビニから出てきた彼女を見て、笑顔で言った。「やあ、命の恩人」
その後、彼は徐々に回復し、ギプスを外して自由に動けるようになると、よく彼女の夜勤に付き添いに来るようになった。
二人で人気のない道を歩き、彼が事故を起こした角を曲がった。
彼女は次第に、彼がこの土地の出身で、両親が健在で、妹が一人いることを知った。彼は商科大学の学生で、今回の重傷で1年間休学することになり、家で退屈していたから彼女と話しに来て、学校まで送り届けることを恩返しだと言っていた。
彼女が夜勤の時は、彼が付き添い、学校まで送った後で自宅に帰っていた。
徐々に二人は親しくなり、お互いを包む甘い雰囲気が生まれていった。
ある朝、あの角で、山田進は彼女を引き止め、命の恩は身を以て報いる他ないと言った。
望月あかりは今でも覚えている。空気の中に土の香りが漂い、彼は残りの人生を彼女に捧げると約束し、彼女のキスを受け、お互いに緊張して手の置き場に困っていた。
最後は彼が勇気を出して彼女の手を取り、指を絡ませ、無言のまま学校まで歩いた。
……
二人の最も美しい時期は、あの頃だったのかもしれない、と望月あかりは感慨深く思った。
彼は復学後、授業が忙しくなったが、時々は夜勤に付き添ってくれた。しかし骨折の大怪我をした身体では長時間の労働は無理で、望月あかりもコンビニを辞め、学校近くのタピオカ店でアルバイトを始めた。
給料は高くなかったが、二人の生活には十分だった。彼は授業が終わると彼女を訪ねてきて、二人で芸大の食堂で食事をした。
当時、彼は全てのお金を怪我の時の借金返済に充てていて、長い間無一文だったので、彼女が彼を二年間「養って」いた。
今年になって、彼の収入が増えてから、全ての借金を返し終えたと言った。もう彼女にアルバイトをさせず、休ませて、今度は彼が彼女を養うと。
望月あかりは俯いて、手元の哲学の教科書は一文字も頭に入らず、文章の中の「養う」という文字に目が留まった。
山田進はレジカウンターの後ろに立ち、過ぎ去った日々が彼女の脳裏に蘇った。
彼は青春の少年から落ち着いた大人へと成長し、一挙手一投足に紳士の風格が漂い、シンプルな服装でも隠しきれない優れた容姿は、簡単に少女の心を虜にできるほどだった。
優秀になり、そして彼女には相応しくない存在になってしまった。
山田進は客を見送り、振り返ると彼女が考え込んでいるのを見て、本の内容に悩んでいるのだと思い、望月あかりの前にしゃがんで尋ねた。「どうしたの?分からないところがあったら教えて」
彼は成績が優秀で、時々望月あかりが哲学理論を理解できない時は、整理して教えてくれた。
望月あかりは徐々に我に返り、目の前の本物の顔を見つめ、疑問が口をついて出そうになり、慌てて俯いた。自分の心の動揺を見透かされるのが怖かった。
「私たち、別れることになるの?」彼女はあの女の子が誰なのか聞きたかったのに、出てきた言葉はこれだった。
心の奥底では彼への最後の希望を抱いていた。あの女の子が、もし彼の妹だったら?
「バカだな」山田進は彼女の鼻を軽くつついて、取り越し苦労だと笑い、彼女の顎を支えて近づき、軽く唇を噛んで言った。「そんなこと二度と言わないで。俺たちは永遠に別れないよ」
永遠に、望月あかりは聞きたかった、あの女の子はどうするの?
もしかしたら、本当に妹なのかもしれない。