第86章、山田お父さん

山田進は望月あかりを事務室に連れて行き、ドアを閉めると、あかりは皮肉を込めて言った。「どう?私の姿が恥ずかしい?」

「何を言ってるんだ。僕があなたを嫌うはずがない。昔、あなたも僕を嫌わなかっただろう?」山田進は上着を掛け、コップを取り出して彼女に水を注いだ。あかりはバラが好きだったので、彼は特別に何缶も取っておいた。

「お茶とあなたのカップはここに置いてある。暇なら好きに探してみて。ここでは客人として扱わないから」

隣のコーヒーメーカーから香り高いコーヒーが出てきて、山田進はあかりの前にも置いた。あかりはコーヒーの香りは好きだが、飲むのは好きではなかった。

カップは山田進のものと同じセットで、来客用のものではなかった。

このカップセットにはあかりの描いた線画が描かれていた。昔、仲が良かった頃、彼女は何気なく彼との絵をたくさん描いていた。

まさか、山田社長のカップにそんな輝かしい瞬間が残されているとは。

「せっかく来てくれたんだから、もうこんなことはしないでほしい。僕はあなたの悪戯が可愛いと思うけど、外から見ると品位に欠けるよ」山田進はあかりの前にしゃがみ込んで言った。「森結衣に不満があるのはわかるけど、自分の品位を落とす必要はない。別の方法で彼女を困らせることもできる」

品位、なんて面白い言葉だろう。

昨日までは妾になりかけていたのに、今日は手の届かない存在になった。

「それに、そんな身分の人に腹を立てる必要もない。所詮は生産力を持った道具に過ぎない。人が生産力に腹を立てるなんておかしいだろう?」山田進は笑って言った。彼女と表向きの「婚約」を結んでから、彼女との会話も親密になっていた。

以前は彼女が余計な考えを持つのを恐れていたが、今では気軽に話せるようになっていた。

「あかり、人と人の間でこそ怒りが生まれるんだ。人と道具の間には怒りは存在しない。うちの洗濯機が作動時に耳障りな音を立てるからって、それに腹を立てたりしないだろう?」

あかりはこれは詭弁だと言いたかったが、目の前の山田進の無関心そうな様子を見て、彼の考えを理解した。

まさに「生産力」に対してだからこそ、彼の態度はこれほど良好なのだ。物に対して怒りを感じることもなければ、優越感を抱くこともない。