第109章 切り札

藤田深志は午前中ずっと忙しく過ごし、鈴木之恵から送られてきた退職メールを見て腹が立って仕方がなかった。

彼は太陽穴を揉みながら鈴木之恵の内線に電話をかけ、その女を呼びつけて叱りつけようとしたが、何度かけても応答がなかった。

「柏木君、デザイン部から鈴木之恵を呼んでくれ。」

電話が通じないため、人力を使うしかなかった。

柏木秘書は社長の険しい顔を見て、何も聞かずに直接階下へ向かった。何が起きたのかわからないが、これからは首の皮一枚つながった状態で仕事をすることになりそうだと予感した。

デザイン部は静まり返っていた。柏木正が鈴木之恵のデスクに行くと、ティッシュ箱一つないほど整然としていた。パソコンは電源が切られ、椅子はきちんと整えられていた。誰かが使用した形跡すらなかった。

彼は不吉な予感を感じながら、隣の同僚に尋ねた。

「すみません、鈴木之恵がどこに行ったかご存知ですか?」

時田言美は社長室の柏木秘書を見て、緊張で言葉を詰まらせながら答えた。

「彼女は、午前中にパソコンを切って出て行きました。」

柏木正は驚いた表情で「出て行く前に何か言っていませんでしたか?」

時田言美は首を振った。「水筒も持って行って、LINEで連絡すると言っていました。」

柏木正は胸がドキッとした。奥様が怒って出て行ったのだ。

「引き出しを開けて、何か残っているものがないか確認してもらえますか?」

時田言美は言われた通りに鈴木之恵のデスクの引き出しを開けたが、中は完全に空っぽだった。

柏木正は今度こそ慌てた。うなだれながら社長室に戻り、

「社長、奥様は会社を出られました。会社に置いていたものも全て片付けて、何も残していません。」

藤田深志は突然仕事をする気が失せた。朝、あれだけのことを言っただけなのに、あの女はこんな仕打ちをしてくる。引き留めてほしいと思っているのだろうが、そんなことは絶対にしない。

「好きにさせておけ。二度と戻ってこなければいい!」

彼は不機嫌そうに言った。この程度の耐性で藤田グループの社員が務まるはずがない。しかも鑑定結果は明白なのに、自分の過ちを謝罪もせず、上司からの指摘すら受け付けない。

天下の何様のつもりだ。甘やかしすぎたせいだ。

柏木正はそっとため息をつき、数秒置いて慎重に尋ねた。