鈴木之恵は「奥様」と呼ばれることに居心地の悪さを感じ、もう一度強調した。
「名前で呼んでください。会社の文化では名前で呼び合うんです。藤田社長に聞かれたら叱られますよ。」
先ほど話した人は口を押さえた。
その時、人事部の女の子が入ってきて皆に通知した。
「会社が手配したバスが到着しました。これから千葉市に出発できます。準備ができた方は私について来てください。家族同伴の方は後ろの車両でお待ちください。」
話が終わると、皆は歓声を上げた。
こんなに長く残業が続いて、久しぶりのリラックスできるイベントだった。
以前の社内イベントは食事をしたり、カラオケに行ったり、パーティーをしたりするだけで、どれも同じような内容で期待感がなかった。
しかし今回の祝賀会は忘年会よりも盛大で、皆の心は既に浮き立っていた。
鈴木之恵は立ち上がって皆と一緒に歩き出した。
時田言美は彼女の手を引いて、「之恵さん、私たちと一緒に行くんですか?」
鈴木之恵は頷いて、「私はまだデザイン部の一員だから、もちろん皆さんと一緒です。歓迎してくれないの?」
そう言うと、後ろから数人の女性が追いついて一緒に歩き始めた。
「歓迎します、もちろん歓迎します。藤田社長の裏話も聞きたいです。」
時田言美は照れ笑いを浮かべて、「藤田社長のベントレーに乗るかと思いました。」
鈴木之恵は同僚たちと一緒にバスに乗り込んだ。
藤田深志の方には既に連絡が入っていた。
柏木正が慌ただしくオフィスに入ってきた。
「社長、奥様のドレスについた筆跡を鑑定に出しました。結果は一日で出るはずです。」
藤田深志は軽く頷いた。服についた筆跡が誰かを真似ようとしているのは明らかで、専門家に鑑定してもらえば誰が書いたのか確定できる。
明日の結果を待つだけだ。
彼は答えを知っているが、家のあの愚かな女が信じないので、証拠を見せるしかない。
藤田深志は立ち上がり、ハンガーにかかっているスーツの上着を腕に掛けた。
「そろそろ時間だ。奥様を呼んで、出発しよう。」
柏木正は躊躇いながら答えた。
「奥様は既にバスに乗られました。」
藤田深志は足を止め、深いため息をついた。