鈴木之恵はおじいさんをやさしく慰め、心を和らげる言葉をかけていた。そんな時、見慣れた体温と、彼特有の香りのする上着が肩に掛けられたことに気づかなかった。
彼女は顔を上げて彼を見つめ、その眼差しには距離感が漂っていた。まるで「必要ありません!」と告げているかのように。
その眼差しに、藤田深志は複雑な思いを抱いた。
あの狐のような目は、よく彼を見つめていたものだった。彼は、彼女が笑顔で首に腕を回して甘えたり、帰りが遅いことを文句を言ったり、夕食を食べないことを責めたり、作った夜食の味を褒めてくれないことを不満げに言ったりする姿が好きだった。
今や、その眼差しは見知らぬものとなり、二人にはもう先がないように感じられた。
鈴木之恵は次の瞬間、その上着を引っ張って彼に返そうとした。彼女は既に決心を固めていた。もう彼のちょっとした親切で心が揺らぐことはない。
今度こそ、彼女は心を鬼にして、この終わりのない傷つきをもたらす結婚生活に完全に見切りをつけるつもりだった。
藤田深志は大きな手で彼女の手を押さえ、次の動作を止めた。
「寒いなら着ていなさい。風邪を引いてお爺さんに移したら困る。」
彼女を心配して、寒さを気遣う言葉のはずが、なぜか違う意味に聞こえた。
鈴木之恵は彼のこの口が心と裏腹な性格にもう慣れていた。彼が自分を心配していることも分かっていたが、今となってはこの遅すぎた思いやりは必要なかった。
秋山奈緒のことをそれほど忘れられないのなら、彼女一人を大切にすればいい。なぜ自分に関わってくるのか?
「寒くありません。」
彼女は淡々と言い、片手で力を込めて引っ張り続けた。藤田深志が手を離すと、きちんとアイロンの掛かった高級なスーツが床に落ちた。
鈴木之恵は唇を舐めながら、服を拾い上げ、ハンガーに掛けた。その間、一度も彼を見ることはなかった。
「汚れてしまったので、明日小柳さんにクリーニングに出してもらいましょう。」
彼の服は常に彼女が管理していたのに、今はその仕事を口頭で小柳さんに任せた。それは藤田深志の心に大きな空虚感を残し、何かが失われたような感覚を与えた。