第153章 藤田グループをあの女に全部渡せばいい

鈴木之恵は彼の手にあるファイルを横目で見て、彼が本気だと分かった。

彼女も遠慮する気はなかった。今の彼らの関係は遠慮できる関係ではなかった。

藤田深志というその冷たい石は、三年経っても温められなかった。彼と感情を語るより、お金の話をした方が気が楽だった。

結婚三年、彼からお金を得られるのも良いことだ。しかも二人の子供もいる。

彼女が切り出した話に彼も応じる気があるなら、この株式譲渡書にサインするつもりだった。

「今すぐサインしましょう!」

鈴木之恵は足を止め、視線は別の場所に向けたまま、彼との目を合わせることを避けた。

藤田深志は少し黙ってから尋ねた。

「車の中でする?」

彼の車は病院の駐車場に停めてあり、こんな重要な書類には、少しは儀式めいた雰囲気が必要だと思った。

鈴木之恵は冷たい表情で言った。

「ここでいいわ。」

サインするだけなら、作文を書くわけじゃないから机は必要ない。壁に押し付けて書けばいい。それに彼はハードカバーのファイルを持っているから、それを支えにできる。

藤田深志は黙ったまま、手のファイルを差し出した。細かい気配りの柏木正がその中にペンを挟んでいた。

離婚協議書にサインした時とは違い、今回は譲渡書の一字一句を注意深く確認し、問題がないことを確かめてから末尾にサインした。

藤田深志の視線は彼女がペンを持つ手に落ちた。まさにこの手が、ファッション界が追い求めるジュエリーを生み出すのだ。そして今、この手で離婚協議書と株式譲渡書にサインし、一筆一筆が彼から離れるための準備だった。

彼は利己的に彼女を引き止めようと考えたことがあった。たとえ離婚しても会社に残してもらい、彼女の助力があれば、彼の舵取りの下で藤田グループは新たな高みに到達し、スワン株式会社のジュエリー界での地位さえも奪えるかもしれない。

彼はかつて世界中でローリーを必死に探し回った。今やそのローリーが目の前にいるのに、彼は彼女に要求する資格が最もない人間だった。彼女の正体に気付いていることさえ、明かす勇気がなかった。

かつて彼女のデザインを嘲笑し、藤田グループで最も地位の低い研修助手として配置したことを思い出す。それは彼女への抑圧ではなく、自分の知能を侮辱するものだった。

鈴木之恵は素早くサインを済ませ、ファイルを彼に返した。