鈴木之恵は車から降りると、直接スーツケースを引いて前に歩き始めた。彼女が降りた後、そのベントレーが車線を変更したことには気付かなかった。
日中は人で賑わう病院も、この時間は静かになっていた。満月の夜で、空には丸い月が掛かり、星がまばらに輝いていた。
月は満ちれば欠ける、それは古来からの変わらぬ道理だった。
鈴木之恵はかつて、人生は永遠に不運が続くことはないと思っていた。母を失い、祖母を失い、実の父に捨てられた後、最も孤独で助けを必要とした時に、好きな人と結婚した。一時は自分にも家族ができ、これからの人生は満たされると感じていた。
しかし現実は彼女に容赦なく平手打ちを食らわせた。
思考を切り上げ、鈴木之恵は祖父の病室に戻った。
お爺さんは日中よく眠っていたため、まだ眠くなく、体調も少し回復していた。彼女がスーツケースを引いて戻ってきて、病院に長期滞在する様子を見て、叱りつけるように言った。
「お前はまったく言うことを聞かないな。帰れと言っただろう。爺さんはここで大丈夫だ。昼間に来て話し相手になってくれれば十分だ。そうでないと、お前の細い体が持たないぞ。」
鈴木之恵はスーツケースを壁際に置き、ベッドの横に座って言った。
「お爺ちゃん、一人で家に帰っても落ち着いて眠れないの。ここにいた方がまだ少しは休めるわ。」
彼女は不注意にも本音を漏らしてしまい、お爺さんは鼻を鳴らした。
「どうした?あの馬鹿野郎、毎日家に帰ってこないのか?」
お爺さんは若い二人が離婚話をしていることは知っていたが、鈴木之恵が引っ越したことは知らなかった。今は自分の孫に対して大いに不満を持っており、之恵が一人で家に帰って寝ると聞いて、またあの若造を捕まえて叱りつけてやろうと思った。
鈴木之恵は慌てて言い直した。
「違うの、お爺ちゃん。彼は最近残業が多くて、遅く帰ってきても私を起こさないように書斎で寝てるの。」
お爺さんは目を瞬かせ、心の中ではすべてお見通しだった。こんな状況でも、まだあの若造の言い訳をしているなんて。
「之恵、明日はお前の祖母、斎藤竹子の命日だ。爺さんはもうこの老いた体では動けないし、この恥ずかしい顔で彼女に会う勇気もない。お前が爺さんの代わりに花を持って行って、謝罪の言葉を伝えてくれないか。」
鈴木之恵は黙り込み、目に涙が浮かんだ。