鈴木之恵は自分が借りているアパートに戻り、おじいちゃんにビデオ通話をかけた。しばらく話をして、電話の向こうのおじいちゃんは機嫌が良さそうだった。
鈴木之恵は申し訳なく思い、
「おじいちゃん、私まだ風邪が治ってないから、しばらく会いに行けないわ。うつしちゃうといけないから」
「バカな子だね。おじいちゃんにはたくさんの人が付き添ってくれてるから、私のことを心配しなくていいよ。早く自分の体を治しなさい」
病院で、おじいちゃんは壁際のスーツケースを見て尋ねた。
「あなたのスーツケースがここにあるけど、誰かに届けてもらう?」
鈴木之恵はまだ引っ越したことをおじいちゃんに話していなかった。もし誰かに届けてもらえば、このことがおじいちゃんに知られてしまう。今は彼を刺激したくなかった。
確かに、スーツケースの中には毎日服用している葉酸や、妊婦用の鉄分サプリメント、妊婦用ビタミンなどが入っていたが、外の薬局でもう一度買えばいいと思った。
「おじいちゃん、スーツケース...」
言葉が終わらないうちに、スマートフォンの画面にイケメンの顔が大きく映し出された。
藤田深志は病室に入ってきた時、おじいちゃんがビデオ通話をしているのに気付かず、そのまま画面に映り込んでしまった。
鈴木之恵は条件反射のように、パッと通話を切った。
おじいちゃんは振り返って彼を睨みつけ、叱りつけた。
「急に何しに来たんだ。之恵との話がまだ終わってないのに邪魔をして」
藤田深志は言葉もなく、自分は声も出していないのに、話が終わっていなければ続ければいいのに、なぜか自分が悪者にされている。
おじいちゃんはスマートフォンをベッドの脇に投げ出し、壁際を指さして言った。
「之恵のスーツケースがここにある。中に彼女が必要なものが入っているから、届けてやってくれ。ついでに、この二日間の回復具合を見てきて、ちゃんと薬を飲んでいるか確認してくれ」
藤田深志はここ数日、おじいちゃんの言うことには何でも応じ、慎重に行動していた。どこかで失敗して、また老人の機嫌を損ねることを恐れていた。
彼は壁際に歩み寄り、そのスーツケースに目を落とした。そのスーツケースは一年前、彼が出張する時に、おじいちゃんが無理やり鈴木之恵を彼の車に乗せた時に持っていたものだった。