第284章 発熱

ドアがギーッと開き、柏木正は鈴木之恵を先に通した。

リビングは明かりがついており、静寂に包まれていた。

柏木正は後に続いて入り、下駄箱を半分ほど探って、新しい男性用のスリッパを取り出した。

「奥様、藤田社長の家には男性用の靴がありますが、とりあえずこれを履いてください。明日新しいものを買ってきます」

鈴木之恵はそのスリッパを見つめ、一瞬怔んだ。以前、家で彼のスリッパを履いたことがあった。一度、お風呂に入った時に自分の履いていた靴も一緒に洗って、彼のスリッパを履いて出てきたら、そのスリッパは二度と家に現れなかった。

そのことで、彼女は長い間悲しんでいた。

鈴木之恵は靴を脱ぎ、少し躊躇した後、素足で中に入った。

「奥様、藤田社長は寝室におります」

柏木正は先頭に立って部屋へ向かった。部屋のカーテンは閉め切られていた。

藤田深志は大きなベッドの中央に横たわり、顔は真っ赤で、口の中で何かもごもごと言っていた。

鈴木之恵は近寄って彼の額に触れた。案の定、驚くほど熱かった。

自分のものではない体温を感じ、藤田深志は身を縮めたが、まるでその冷たい感触が心地よかったかのように、また体を反転させて先ほどの触感の源を探るように動いた。

「之恵、之恵...」

鈴木之恵はようやく彼の口から漏れる不明瞭な言葉を聞き取った。彼女の名前を呼んでいたのだ。

「藤田深志、熱が出ているわ。起きて、病院に行きましょう」

藤田深志は夢の中で聞こえた声に、必死に目を開けた。夢の中の顔が徐々にはっきりとしてきた。これが現実なのか、また幻覚を見ているのか分からなかった。

鈴木之恵を見つけてからは、この症状はしばらく出ていなかったのに、今日は何故か突然具合が悪くなり、心療内科医から処方された薬を2錠飲んでいた。

「之恵、本当に君なのか?」

彼は手を伸ばし、鈴木之恵の手首をしっかりと掴んだ。無意識のうちに強い力が入り、鈴木之恵の肌に赤い痕が残った。

これまで夢の中で彼女を見るたびに、手を伸ばしても掴めず、その後は長い夜に眠れなくなっていた。

今回は確かに彼女を掴むことができ、藤田深志の頭は少し冴えてきた。

「之恵、行かないで!」

鈴木之恵は我慢しながらも、手首が痛かった。彼は今、自分がどれだけの力を使っているのか全く分かっていないようだった。