第285章 発情

藤田深志は鈴木之恵の足に目を落とし、眉間にしわを寄せた。

「之恵、どうして靴を履いていないの?床が冷たくないの?」

鈴木之恵は喉が渇いて唇を舐めた。

「あなたは他人が自分の物に触れるのを嫌がるでしょう。だから、あなたの靴は履きませんでした」

藤田深志は苦笑いして、

「確かに他人が私の物に触れるのは嫌だけど、君は他人じゃないだろう?行って靴を履いてきて、足を冷やしちゃダメだよ」

鈴木之恵は心の中で思った。今は離婚したのに、何を身内のようなふりをしているのかしら。以前は同じベッドで寝ていた時でさえ、スリッパを貸してくれなかったのに。

彼女は心の中でぶつぶつ言いながら、その場に立ち尽くしたままだった。

藤田深志は少し焦った。彼女の性格を知っていた。穏やかな外見の下に強い心を隠し持ち、実際にはとても頑固で、自分で決めたことは人の言うことを聞かない。

「之恵、何を考えているの?私が君を嫌ったことなんてないだろう?」

彼がそこまで言うなら、鈴木之恵も我慢せずに一気に言った。

「結婚して最初の年、私がシャワーを浴びた後にあなたのスリッパを履いて出てきた時、シャワールームからベッドまでたった十メートルくらいの距離なのに、次の日にはそのスリッパを捨てたじゃない」

藤田深志は彼女の告発を聞いて笑いそうになった。

「之恵、まさか私が君が履いたからスリッパを捨てたと思っているの?」

「違うの?」

藤田深志の眉間のしわはさらに深くなった。なんという大きな誤解だ!

「之恵、君が履いた時、そのスリッパが壊れていたことに気付かなかったの?」

鈴木之恵はその場で固まった。そんな理由だとは全く考えていなかった。そのとき、スリッパに問題があるとは感じなかった。ただ自分の足が小さくて履きにくいのだと思っていた。

誤解だったのだ。

鈴木之恵は少し気まずそうに髪をいじった。この件は説明がついたが、自分が誤解していたことを認めたくなかった。

「気付かなかったわ。ちゃんと使えたのに」

藤田深志というこの鈍感な男は、彼女が今面目を失いそうな気持ちを理解できるはずもなく、彼女が先ほどの言葉を信じていないのだと思い込んだ。

「之恵、あのスリッパは本当に壊れていたんだ。よかったら小柳さんに電話して確認しようか。彼女がゴミを捨てたから知っているはずだ」