第292章 苦悩

藤田深志は椅子の背もたれに掛かっているスーツの上着に目を留め、眉間にしわを寄せながら、それを手に取って柏木正に投げ渡し、自分は鈴木之恵の隣に座った。

「之恵、バスケを見るのが好きなの?」

鈴木之恵は「うん」と答えたが、スマートフォンの画面から目を離すことはなかった。このような下手な挨拶の仕方は、むしろ「あなたは私の元妻に少し似ている」と直接言った方がましだ。

藤田深志は前で激しくバスケをしている二人を皮肉っぽく見やった。二人とも彼の目には入らなかった。

「之恵、叔父さんと一緒に来たの?」

鈴木之恵は首を振り、相変わらず寡黙に、

「違います」

彼女が違うと言ったので、彼の心は少し楽になった。気持ちが緩んだその瞬間、彼女がこう言うのを聞いた。

「小川社長と一緒に来ました」