第295章 私には子供がいない

柏木正は冷蔵庫から三人分の麺を取り出し、キッチンへ行って温めようとした。包装を開けると、麺はすでにべちゃべちゃになっていた。

あの気難しい社長が、これを食べられるのだろうかと柏木正は不安になった。デリバリーの注文書にはラーメンと書いてあったが、箱の中にはスープが一滴も残っておらず、全て麺に吸収されていた。もともと細かった麺は箸よりも太くなっていた。

「スープを飲めば胃が楽になりますよ」と言った自分の言葉を撤回したくなった。

柏木正はダイニングの方を振り返って見た。仕方がない、水を足して煮直すしかないだろう。

ダイニングでは、お爺さんがようやく藤田深志が箸をつけていないことに気づいた。彼は木の人形のようにぼんやりと座っていた。

「どうして食べないんだ?」

藤田深志は不満げだった。先ほど柏木正が来て話しかけた時、お爺さんは一言も聞いていなかったようだ。孫の体調を全く気にかけていない。昨日は孫を失いかけたというのに!

「お爺さん、胃腸の調子が悪くて、これは食べられないんです。」

お爺さんが少しは同情してくれると思ったが、次の瞬間、お爺さんの視線はテーブルの上のエビ料理に向けられた。

「それならちょうどいい。手袋をして之恵のためにエビの殻を剥いてやりなさい。」

藤田深志は口角を何度か引きつらせながら、素直に使い捨て手袋を手にはめ、エビの殻剥きを始めた。

柏木正が三杯の麺を運んでくる頃には、彼の前にはエビの殻の小山ができていた。

「社長、お麺の用意ができました。」

藤田深志は何気なく並べられた麺の器を一瞥し、柏木正を見上げた。その表情は極めて不快そうだった。もし鈴木之恵が買ってきたものでなければ、とっくにゴミ箱行きだっただろう。

最後のエビの殻を剥き終えると、彼は箸を取り、苦労して一口目を食べた。その食感は衝撃的だった。これほど奇妙なものを食べたのは生まれて初めてだった。

麺は水を吸いすぎて、口に入れた瞬間に溶けてしまうほどだった。

胃腸の調子が悪いからといって、こんな歯を使わない食べ物を食べる必要もないだろう。

鈴木之恵は彼をしばらく観察していたが、こんなに苦痛に満ちた表情で食事をする彼を見るのは初めてだった。

「麺の味が良くないの?」

藤田深志は少し間を置いて答えた。

「まあまあだ。」