こちらで話をしている間に、鈴木由典が秘書が持ってきた朝食を手に外から入ってきた。
鈴木之恵は外でドアが開く音を聞き、声を押し殺して言った。
「もう話すのは止めるよ、兄さんが戻ってきたから。」
そう言うと一瞬で通話を切った。
藤田深志は言い足りないことがたくさんあったのに、もう機会がなくなってしまった。彼はその場で布団に倒れ込み、部屋中に漂う彼女の香りを嗅ぎながら、しばらく自分を慰めてから起き上がって身支度を始めた。
会社に着くと、藤田深志はすぐに電話で人を手配し、全てを準備した後、柏木正に鈴木之恵と秋山泰成の髪の毛のサンプルを病院にDNA鑑定に出すよう指示し、さらに秋山泰成の分を一つ引き出しにしまっておいた。フランスの方の物が手に入ったら照合するためだ。
彼は今、鈴木之恵の出自に隠された事情があるのではないかと疑っていた。秋山泰成というその老人の言葉は、一言も信用していなかった。
彼はフランスにいるバリーと鈴木之恵の間に血縁関係がある可能性が高いと推測していた。この件は必ず解明しなければならなかった。
柏木正は二つの髪の毛を慎重に保管し、
「社長、今朝重要な会議がありますが、これらを今すぐ届けましょうか?」
藤田深志は腕時計を見た。朝の会議まで30分もなく、柏木正が病院まで車を飛ばしても間に合わないだろう。しかしこの件は彼の中で最優先事項であり、他人には任せられなかった。
「朝の会議には出なくていい。準備した資料を私に渡して、今すぐ病院に持って行け。一刻も無駄にするな。」
柏木正は命令を受けると急いで階下へ向かった。
藤田深志はこれからの会議の内容を整理していた。オフィスが静かになってわずか数分で、外で騒ぎが起こるのが聞こえた。
ガラスドア越しに、陶山蓮華が太后のような態度で押し入ってくるのが聞こえ、秘書部の若い女性たちが丁寧に宥めていた。
「奥様、社長は今この時間は誰にも邪魔されたくないとおっしゃっています。よろしければお茶でもお飲みになりながらお待ちいただき、私が中に報告してまいりましょうか?」
「あなたたち、藤田グループで何年働いているの?社長はあなたたちに月給いくら払ってるの?毎月使い切れないほど多すぎるって思ってるの?」