木村悦子はオフィスを出て自分の席に戻り、パソコンに表示されているWeChatグループが点滅し続けていた。
彼女が開いて見ると、無数の人からメンションの嵐が来ていた。
【@木村悦子、オフィスで何があったの?藤田社長の唇に口紅が付いてたよ。芽さんと同じ色だったわ。】
【@木村悦子、私たちの陸田社長はもうダメなの?悦子ちゃん、教えてよ。姉妹なんだから、情報シェアしましょうよ、独り占めはダメでしょ。】
【あーあー!もう聞くまでもないでしょ?確定よ、みんな。芽さんと藤田社長は絶対付き合ってるわ。】
【@木村悦子、悦子ちゃんどこ行った?早く返事してよ!!!】
……
木村悦子は素早くメッセージを上から見直し、黙って無視することにした。もう軽々しく話すわけにはいかない、来月の給料でバッグを買いたいのだから。
部屋の中で、鈴木之恵は木村悦子が出て行くのを待って、すぐに藤田深志にメッセージを送った。
【口紅を拭いて。】
藤田深志は柏木正から電話を受けてすぐに会社に戻る途中で、携帯を見る暇もなかった。薄い口紅を付けたまま会社に戻った。
柏木正はすでに取引先を社長室に案内し、最高級のお茶を出していた。
相手を待たせすぎないよう、柏木正は必死に話題を探して会話を続け、ようやく自分の上司が戻ってきたところで、さっと自分の席に戻って仕事を始めた。
オフィス内で、藤田深志はソファに座り、取引先と向かい合った。
「仁田社長、お昼時にわざわざお越しいただき申し訳ありません。本来なら、レストランでゆっくりお話しすべきでしたね。」
藤田深志のこの言葉も社交辞令だった。これまでは常に他社が彼に取引を持ちかけてきたが、今回は藤田グループを東京都に移転させたいと考えており、京都府の市場関係を維持しながら、東京都でも展開を広げる必要があった。そうしないと、仕事の進行が円滑にいかないからだ。
相手は宝石の原材料輸入ビジネスを手がけており、コネクションも広い。藤田深志は東京都の多くの企業家の中からこの一社を選び出した。工場を移転させるなら、原材料は欠かせない。
仁田延幸は藤田深志のこの言葉に驚いて鳥肌が立った。国内の宝飾業界のトップ企業が藤田グループだということを知らない人はいない。