雲居詩織は冷ややかに笑った。
見え透いた白々しさ。
だが、詩織の前では、取るに足らない道化に過ぎなかった。
「泉は暁の妻であり、結城家の嫁よ。あなたに、彼女と比べる資格があるとでも思っているの?
「妻である以上、暁のお金を使うのは、当然のこと。暁のお金どころか、結城家全体の財産を彼女が好き放題に使ったとしても、使い切れないほどよ。好きなだけ使えばいいの。
「贈り物に関して言えば、彼女が木の葉一枚を贈ったとしても、お爺様は喜んで、宝物のように大切にされるでしょう。でも、あなたが金の葉を贈ったとしても、お爺様は感謝もしない。恥をかくだけよ」
藤宮清華が口を開きかけた時、暁が彼女の手首を掴み、同時に泉に目配せをした。
南雲泉の胸に苦いものがこみ上げてきた。
それでも、すぐに詩織の腕を取り、「お義母様、私と暁で、お爺様への贈り物をちょうど選んでいるところなんです。せっかくですから、一緒に見ていただけませんか?」と声をかけた。
泉は満面の笑みで、声も柔らかだった。
詩織の声も、いくぶん和らいだ。「そうね、私も別に意見はないのだけど。お爺様は何でも持っていらっしゃるし、何を欲しがっているか、あなたたちならわかるでしょう?」
泉にわからないはずがない。だが、暁がそれを望んでいないことも知っていた。
だから、義母の前では、知らないふりをするしかなかった。
詩織はまっすぐ暁を見た。「まさか知らないとは言わせないわよ。お爺様が一番欲しがっている贈り物、それはひ孫でしょう」
この話に触れると、詩織は腹が立ってくるようだった。
「あなたったら、丸々2年も経つのに、泉のお腹には何の音沙汰もない。このままだと、あなたのほうを疑ってしまうわ」
泉は絶句した。
これぞ実の母親、というものだろうか。いきなり自分の息子を疑うとは。
他の義母なら、きっと泉のお腹が不甲斐ないとか、体が弱いとか責めるだろうに。
そう思うと、泉の心はすぐに温かいもので満たされ、とても心地よかった。
「母さん、ここは公共の場ですよ。少しは俺の面子も立ててください」暁は眉を寄せ、困り果てた表情を見せた。
「あなたが面子を気にするなら、私は気にしないわ。毎回、マダムたちの集まりで孫はいるのかと聞かれるたびに、私がどれだけ穴に入りたいか、あなたは知らないでしょうね」
泉は。
顔も赤くなっている。
「以前は、二人ともが若いからと思って、時間を与えようと考えて、一切口出ししなかった。
「でも、今回は違うわよ、結城暁。よく聞きなさい。あなたに3ヶ月の猶予をあげる。もし、それでも泉のお腹に音沙汰がなかったら、あなたに責任を取ってもらうから」
「母さん、それは完全に無理難題ですよ。少しは道理をわかってくれませんか?」暁は憂鬱そうな顔つきだ。
「ええ、無理難題よ。3ヶ月経っても妊娠しなかったら、二人とも病院で検査を受けなさい」
詩織は再び泉に視線を向けた。「泉、この数ヶ月、彼をしっかり見張るのよ。もし彼が積極的でなかったり、協力的でなかったりしたら、いつでも私に報告してちょうだい」
泉は顔が真っ赤になり、それでもこくこくと頷いた。「はい、お義母様」
一方、清華は傍らで気まずいことこの上なかった。
彼女は哀れな様子で唇を噛み、拳を握りしめ、怒りと悲しみでいっぱいだった。
必死にこらえていなければ、今すぐにでも暁と泉が離婚するつもりであることを口走ってしまいそうだった。
詩織が去ると、暁と清華は二人とも安堵のため息をついた。
「暁、まさか本当に彼女と子供を作るつもりじゃないでしょうね!」
清華は、いかにも可憐な様子で暁を見つめた。その姿は、どこまでもか弱く見えた。
泉は黙って唇を噛んだ。
男というものは、こういうタイプが好きなのかもしれない。か弱く、哀れで、彼らの保護欲を存分に掻き立てる。
たとえ、暁のような非凡な男でさえ、その例に漏れないのだ。
「ないよ」暁の答えは、きっぱりとしていた。
「離婚を決めた以上、彼女と僕の間にそんな禍根を残すつもりはない」
その言葉を聞いて、清華はようやく安堵した。
そして暁に向き直り、髪をかき上げながら、優しく言った。「暁、一緒に見て回ってくれる?服を何着か買いたいの」
突然、時間が止まったかのようだった。
泉は清華の耳についている碧玉のイヤリングを見て、全身に雷が落ちたかのような衝撃を受け、呆然とその場に立ち尽くした。
心の中がどんな気持ちなのか言い表せない。とにかく、とても辛かった。
彼女は清華に視線を向け、ほとんど力のないか細い声で尋ねた。「そのイヤリング、どこでお買いになったんですか?」
清華は再び髪をかき上げ、イヤリングを惜しげもなく見せつけ、笑いながら言った。「これのこと?」
「ええ」泉は両手を強く握りしめた。
「買ったものじゃないの。先日、暁のところにいる時に見かけて、すごく綺麗だなって思ったら、彼がプレゼントしてくれたのよ」
泉は唇を噛みしめ、胸に激痛が走った。
なるほど、これが暁の言っていた「ちょっとした手違い」だったのか。
プレゼントが何か問題があって買えなくなったのだと思っていた。まさか、清華が気に入ったから、あげてしまったなんて。
でも、彼は泉に贈ると約束してくれていたはずだ。ただ清華が「欲しい」と言っただけで、彼はあっさりと贈ってしまった。
愛されているか、いないか。これが、その差なのだ。
「泉……」
暁が口を開きかけたのを、泉はすぐに遮った。「言わなくていいです。わかっていますから」
もうしてしまったことを、どうして説明する必要があるのだろう。
苦しさを必死にこらえ、彼女は淡々と言った。「それで、お爺様への贈り物は、まだ選びますか?」
「また今度にしよう。清華は今日、あまり都合が良くないから、私が付き添う。運転手に君を家まで送らせるよ」
「はい」
車に乗って、泉は窓の外を流れる景色を眺めていたが、心はすでにどん底まで落ち込んでいた。
「ひ孫?」
彼女は低く呟き、そっと両手を下腹部に当て、しっかりと守るようにした。
ここ数年、彼らが同衾することは多くなかった。そして、ほぼ毎回、暁は避妊措置をとっていた。
さらに、彼女に長期作用型の避妊薬を飲むよう指示することもあった。
だから、二人は常に二重の避妊をしていたのだ。
そんな状況で妊娠できるなんて、その確率は本当に微々たるものだ。
もし医者に妊娠していると告げられていなかったら、夢にも思わなかっただろう。
しかし、結城暁はそれを「禍根」だと言った。
その言葉が、針で刺されるように彼女の心を痛みつけ、瞬間的に血が滲んだ。
彼女と彼の子供が、彼にとってはただの「禍根」でしかないなんて。
泉は顔を覆い、もはやこらえきれずに涙を流した。
家に着くとすぐに、義母から電話があった。
「家に着いたの?」詩織は単刀直入に切り出した。
「はい、たった今」
「わかったわ。10分後にそちらへ行くから」
泉が何か言おうとする前に、詩織はもう電話を切っていた。
記憶が正しければ、これは結婚式を除いて、義母が泉と暁の新居を訪れるのは初めてのことだ。
泉は少し緊張し、急いで使用人たちに準備を指示した。
普段、義母との接触が少ないため、彼女のことをあまりよく知らない。だから泉は暁に電話をかけ、義母の好みを知ろうとした。
「もしもし、暁さん!」
「南雲さん、私よ」
清華の声を聞いて、泉の声は突然震えた。
胸の中で込み上げてくる苦々しさをこらえ、彼女は言葉を続けた。「暁さんはいますか?少し用事があるのですが」
「ごめんなさいね、彼は今、ちょっと手が離せないの。そうだ、後で彼からかけ直させるわね」
そう言うと、清華は一方的に電話を切った。
泉は受話器を握りしめたまま、呆然としていた。
記憶が確かなら、彼は言ったはずだ。まだ離婚していない限り、自分の分際をわきまえ、既婚者である身分を忘れない、と。
しかし今、彼が清華とべったり一緒にいるのはどういうことなのだろうか?
どうやら、彼は既に待ちきれなくなっているようだ。
もしお爺様のことがなければ、彼らは今日の午前中には離婚届を提出し、完全に他人同士になっていたのだろう。
義母の好みがよくわからないため、泉は結局、家にあるものをすべて準備するように指示した。
コーヒー、お茶、果物、お菓子、ナッツ類……家にあるものは何でも用意させた。
昼食さえも、用意するように頼んだ。
中華料理も洋食も、どちらも準備した。
それらを済ませると、泉は家で詩織の到着を待った。
ドアのノックが聞こえ、泉は自らドアを開けに行った。
彼女は笑顔で迎え、礼儀正しく言った。「お義母様、ようこそ……」
言葉を言い終える前に、泉は口を押さえてトイレに駆け込み、激しく嘔吐した。