第22章 あなたの抱擁なしでは眠れない

「母さん、彼女のことを頼むわ。用事が済んだらすぐ戻るから」

「結城暁、はっきりさせなさい。南雲泉はあなたの妻なのよ。今すぐ...」

雲居詩織の言葉は、暁に電話を切られて途切れた。

「この子ったら、帰ってきたら覚えてなさい」

南雲泉の指は肉に食い込むほど強く握りしめられていたが、彼女は痛みを感じていないようだった。

やはり、彼女は見捨てられる側だったのだ。

彼女と藤宮清華の間で、彼は考えるまでもなく選択を済ませていたようだった。

馬鹿ね、自分が勝手に思い込んでいただけ。

分かっていたはずの答えなのに、なぜまた期待して、また自分を失望させてしまうのだろう。

南雲泉の様子が明らかに落ち込んでいるのを見て、雲居詩織は彼女の手を取った。「帰ってきたら、母さんがしっかり叱ってあげるわ。今は何も考えずに、ゆっくり休んでね」

「はい」

そのとき、外からノックの音が再び聞こえた。

南雲泉は急いで言った。「お母さん、大丈夫です。少し横になって休めば良くなりますから。外にはたくさんのお客様が待っているでしょう。早く行ってあげてください」

「そうね。じゃあ先に下りるわ。何かあったら人を使いに寄越しなさい」

「はい」南雲泉は素直に頷いた。

雲居詩織が去った後、南雲泉は部屋で仕えていた人々にも全員出て行くように言った。

広々とした部屋は一瞬にして空っぽになり、空気までもが冷たく感じられた。

そう、とても寒い。

南雲泉は自分自身を抱きしめ、膝に顎を乗せて、ぼんやりと前方を見つめていた。

何を見ているのかも分からない。ただ、胸が詰まって、泣きたい気持ちになっていた。

でも、本当に泣こうとしても、涙は出てこなかった。

陽光が明るく差し込み、暖かな雰囲気に包まれているはずの一日なのに、なぜか彼女は特別に寒さを感じていた。

上着を脱ぎ、布団に全身を包み込み、隙間風が入らないように布団をきつく巻き付けた。

それでも南雲泉は隙間風を感じ、体は震えが止まらなかった。

彼女は体が弱く、冷え性が深刻で、手足は一年中冷たかった。

真冬でも、部屋に暖房が入っていても、彼女の手足は氷のように冷たいことがあった。

以前、寒い時は、いつも結城暁の方に寄り添っていた。彼の腕の中に飛び込む勇気はなかったが、少し近づくくらいなら大丈夫だった。

不思議なことに、彼に近づくたびに体が温まり、そうして良く眠れるのだった。

しかし今日は、布団の中で30分も横になっているのに、天井や頭上のシャンデリアを見つめたまま、少しも眠気が訪れなかった。

突然、携帯が鳴った。

結城暁からの電話だった。

南雲泉はずっと堪えていた涙が、画面に表示された「主人」という文字を見た瞬間、突然抑えきれなくなり、ポタリと予告もなく落ちた。

そうか、彼女は痛くないわけではなかった。

悲しくないわけでも、辛くないわけでもなかった。

ただ必死に耐えて、必死に自分に言い聞かせていた。泣いてはいけない、絶対に泣いてはいけないと。

そして彼の名前は、まるでスイッチのように、彼女の涙のボタンを一瞬で押してしまった。

全ての涙が制御不能になり、狂ったように落ちて、携帯の画面に落ちた。

出る?

それとも出ない?

彼女には分からなかった。

そして指は心の制御を待たずに、先に「応答」ボタンを押してしまっていた。

南雲泉は携帯を耳に強く押し当てた。すぐに、あの馴染みのある声が聞こえてきた。「医者に診てもらった?今はどう?」

「うん、診てもらったわ」

彼女は嘘をついた。

「上で少しゆっくり休んで、眠りなさい。すぐに戻るから」

「うん」南雲泉は頷いた。

電話の中は静かになった。

そのとき、藤宮清華の声が突然聞こえてきた。明らかな甘えた調子で「暁、ぶどうが食べたいの。剥いてくれない?」

「ああ、横になっていて。剥いてあげるよ」

結城暁は答えた後、電話に向かって「他に用事がなければ、切るよ」と言った。

本来なら、これまで何度もそうしてきたように、軽く「ないわ」と返事をして、微笑みながら、大人しく電話を切るはずだった。

でも今日は何故か違った。

彼女は携帯を握りしめ、少し焦った様子で叫んだ。「用事があるの」

「体がとても寒いの。たくさんの布団を被っても、前はあなたに抱きついていれば、すぐに温まったのに、今日はどうしても温まれないの。あなたがそばにいないと眠れない」

南雲泉が言い終わると、向こう側は一瞬で静かになった。

電話の中では、二人の呼吸さえもはっきりと聞こえるほどだった。

1秒、2秒、3秒...

丸10秒間、彼女は彼の返事を聞くことができなかった。

きっと彼女の言葉が彼を困らせてしまったのだろう。

彼女の輝いていた瞳は、長い待ち時間の中でついに暗くなり、彼女も道化師のように敗北し、みじめな姿になってしまった。

「ごめんなさい、切るわ」

言い終わると、南雲泉はまるで逃亡兵のように電話を切った。

電話を切った後、南雲泉はすぐに後悔した。

バカね、今何をしていたの?まるで寵妃が皇帝の寵愛を争うみたいじゃない。

本当に狂ってしまった。彼女は今、電話の中で露骨に、何の隠しもなく藤宮清華と寵愛を争っていたのだ。

南雲泉、あなたは本当にますます情けなくなっているわ。

もう少しベッドで横になっていたが、南雲泉はまだ眠れなかった。そのとき瀬戸恵が上がってきた。「若奥様、奥様が宴会がもうすぐ始まると仰っています。今のお体の具合はいかがですか?老爺様と一緒に宴席で召し上がりますか?それとも、お部屋にお持ちしましょうか」

南雲泉はほとんど考えることなく答えを出した。「宴席で祖父様と一緒に食べます」

祖父様の八十歳の誕生日がこんなに盛大なのだから、絶対に祖父様の気分を損ねるわけにはいかない。

「瀬戸さん、少し待っていてください。顔を洗って、髪を整えますから」

「はい、若奥様。お急ぎにならなくて結構です。外でお待ちしております」

服装と髪飾りを整えた後、南雲泉が瀬戸恵と一緒に下りようとしたとき、突然何かを思い出したように尋ねた。「瀬戸さん、暁は?戻ってきましたか?」

「まだです」

昼は宴席の正餐で、もし彼がお孫さんとして戻ってこなければ、人々の噂を避けられないだろう。

たとえ結城家の前では何も言えなくても、外に出れば必ず陰口を叩かれるはずだ。

そして、もし祖父様が藤宮清華が戻ってきたことを知り、暁が彼女に会うために宴席を遅らせたと分かれば、きっと大変お怒りになるだろう。

祖父様が本当にお怒りになったら、その時は彼女も必ずしも宥められるとは限らない。

あれこれ考えた末、南雲泉は瀬戸恵を呼び止めた。「もう少し待ちましょう。彼が戻ってから行きます」

「若奥様、そうすると、宴席が遅れれば、皆様があなたを分別のない方だと言うでしょう。あなたは若旦那様の全ての非を引き受けているのです。本当に心を砕いていらっしゃる」

瀬戸恵は彼女を見つめ、目に深い同情の色を浮かべた。

こんなに素晴らしい若奥様なのに、なぜ若旦那様は大切にしないのだろう。

奥様と旦那様のところもそう。あんなに優秀な奥様がいるのに、きちんと暮らさずに、外で狐に惑わされる。

彼女に言わせれば、老太爺様と老太太様の方が良かった。二人は結婚してからずっと互いを敬い、夫婦の情も深く、喧嘩をしたことなど一度もなく、何事も老太爺様が老太太様に譲っていた。

だから老太太様が亡くなってこれほど長い時間が経っても、老太爺様は再婚せず、ずっと老太太様を深く愛し、彼女一人だけを妻としていた。

その待ちは、十数年にも及んだ。

南雲泉は結城暁に何度も電話をかけた。

しかし、彼女は夢にも思わなかった。最後の電話を藤宮清華が取ったのだ。

どういうことだろう?

彼はもう帰り道だったはずではないのか?

なぜ藤宮清華が電話に出たのだろう?

まさか、彼は藤宮清華を祖父様の誕生日に連れてくるつもりなのだろうか?