第17章 若奥様に身籠もり

「私が言ったんだ」結城暁は潔く認めた。

南雲泉は苦笑いを浮かべた。予想はしていたものの、彼の口から直接聞きたかった。

「結城暁、焦っているのは一体誰なの?私はすでに約束したでしょう。おじいさまの誕生日が過ぎたら離婚の話を切り出して、婚姻届と戸籍謄本も取り戻すって。わざわざ催促しなくてもいいのに」

「忘れないわ」

南雲泉は言い終わると、目が赤くなった。

彼女の心はざわついていて、まるでビー玉が転がり続けているかのように、とても落ち着かなかった。

書類を取り戻してほしいなら、はっきりと彼女に伝えればよかったのに。

なぜ藤宮清華を通して言わなければならなかったの?

結城暁は彼女を見つめ、少し後ろめたさを感じた。この件は彼が言い出したわけではないが、確かに彼が原因だった。

昨日、清華が目を覚ました後、彼の胸に飛び込んで泣きながら、死にそうで怖かった、もう二度と彼に会えないかもしれないと思って怖かったと言った。

だから二人で先に入籍して、家族全員が彼女を受け入れてから結婚式を挙げようと提案したのだ。

「清華、入籍はもう少し待ってくれないか」

「どうして暁?私が事故で意識不明になった時、どれだけ怖かったか分かる?死んでしまって、あなたの花嫁になれなくなる、あなたと結婚できなくなるのが怖かったの」

「南雲泉との婚姻届と戸籍謄本はおじいさまが保管しているんだ。それらを取り戻さないと離婚も再婚もできない」

説明している時に、うっかり口を滑らせてしまった。

まさか彼女がそれを覚えていて、それを使って南雲泉に要求するとは思わなかった。

その後の道中、南雲泉は黙り込んでいた。窓際に寄りかかり、静かに外の景色を眺めていた。

結城家の本邸は喧騒から離れた、山水に恵まれた場所にあった。周りは緑豊かな山々に囲まれ、景色は美しかった。

よく見ると、ここは彼女の幼い頃の実家の裏山にも似ていた。

時が経つのは早いものだ。あっという間に十年が過ぎていた。

彼女がそこを離れてから十年、結城家に来て十年、そして彼を愛して十年。

十年という月日は、女性にとって最も美しく、最も青春な時期だった。彼女は一目惚れの全て、心が躍る瞬間の全て、密かな恋心の全てを同じ一人の男性に捧げていた。

そして今は?

南雲泉は指を折って数えた。今日、明日、明後日。

明後日はおじいさまの誕生日。

それが終われば、二人は離婚手続きに行く。

つまり、今から数えて夫婦でいられるのはあと三日だけ。

できることなら、この十本の指で何度も何度も数え直して、永遠に終わりが来ないことを願った。

指を折りながら、南雲泉は眠くなってきた。

おそらく今朝は疲れていたのだろう。横になるとすぐに眠りについた。

すぐに、肩に温かく力強い手が置かれ、結城暁の優しい声が耳元で響いた。「眠いのか?」

うとうとしながら、彼に抱きしめられたような気がした。

認めざるを得ないが、彼の胸は本当に広くて心地よかった。

南雲泉は目を閉じたまま、彼の胸の中でもぞもぞと動き、快適な姿勢を見つけると深い眠りに落ちた。

目が覚めた時、目の前の景色が動いているような気がした。空に浮かぶ白い雲までもがゆらゆらと揺れているように見えた。

どうしたんだろう?

次の瞬間、結城暁の声が頭上から聞こえた。「目が覚めたか」

南雲泉がよく見ると、自分が彼の腕の中で抱かれて歩いていることに気付いた。目の前のものが近くなったり遠くなったりしていた理由が分かった。

手を伸ばして、頭を軽く叩いた。本当に寝ぼけていたんだ。

「どのくらい寝てたの?」南雲泉は尋ねた。

「どのくらいかは計ってないけど、寝相は間違いなく子豚そのものだったよ」

誰が子豚よ?

寝ていたとしても、彼女は眠れる森の美女なのに。

「じゃあ、あなたは大きな豚ね」南雲泉は負けじと反撃した。

大広間の入り口に近づいてきて、南雲泉はようやく結城暁に抱かれていることを思い出し、慌てて言った。「もう着くわ、早く降ろして」

「なぜ降ろす必要がある?」結城暁は笑った。「これこそおじいさまが一番見たがっているんじゃないか?お年寄りを喜ばせたくないのか?」

確かにそうだけど、おじいさまを喜ばせたいのは本当だけど、こんな方法じゃないわ。

それに結城暁は演技のためにしているだけで、彼のこんな下心のあるお姫様抱っこなんて望んでいない。

どんどん近づいていくのに、南雲泉は焦るばかりだったが、結城暁は泰然自若として、眉間には少しの動揺も見せなかった。

「早く降ろして!」

南雲泉は彼の胸を叩きながら、怒って言った。

「早く、結城暁」

「早く、間に合わなくなるわ」

結城暁は顔を下げ、彼女の真っ赤な唇がぺちゃくちゃと動くのを見た。

なぜか、突然悪魔が憑いたかのように、後悔する間もなく言葉が口から飛び出していた。

「キスしてくれたら降ろしてやる」

「え?」南雲泉も呆然とした。

結婚して二年、夫婦生活で二人とも感情が高ぶっている時以外は、普段はお互いにキスなどしたことがなかった。

しかも、もうすぐ離婚するというのに、この時期にキスするなんてさらに不適切だった。

南雲泉の躊躇いを見て、なぜか結城暁は胸が詰まる思いがした。

彼は手を緩め、南雲泉を地面に降ろすと、冷たい声で言った。「何でもない、ただ試してみただけだ。本当にあの男のために貞節を守っているんだな」

南雲泉は風に吹かれたように呆然とした。

つまり、さっきの言葉は単に彼女をからかっていただけ?

でも、なぜか誰かが少し嫉妬しているように感じた。

大バカ。

大まぬけ。

あなたの言う「あの男」は紛れもなくあなた自身なのに。

自分で自分に嫉妬する。

やはり男は、愛していなくても、自分の女が他人に触れられることは絶対に許さない。他の男のことを思っているだけでも許さない。

結城暁も例外ではなく、同じように極めて独占欲の強い男だった。

客間に着くと、南雲泉は明るく笑いながら中に入り、歩きながら嬉しそうに呼びかけた。「おじいさま、暁と私が帰ってきましたよ」

しかし、客間にはおじいさまの姿がなかった。

結城暁は買ってきた物を片付けるよう指示し、傍らの人に尋ねた。「瀬戸野、おじいさまは?」

「ご主人様はお疲れで、先ほどお部屋で眠られました」

結城暁は眉をひそめ、すぐに何かに気付いたように尋ねた。「正直に教えてくれ。おじいさまの状態は最近また悪化しているのか」

「はぁ…」瀬戸野はため息をつきながら。「ご主人様は私たちに若旦那様と若奥様に知らせないようにと仰っていました。ご心配をおかけしたくないとのことで。この一週間、状態は日に日に悪化し、眠気を催す時間が増えてきております」

南雲泉はそれを聞いて、言いようのない悲しみと後悔を感じた。

おじいさまがこんなに重症だったのに、彼女は全く知らなかった。孫の嫁として、何をしているのだろう。

「おじいさまを見に行ってきます」

南雲泉が言い終わるや否や、結城暁は彼女の手首を掴んだ。「食事を済ませてからにしよう」

「でも、先におじいさまを見たいの」

「瀬戸野が言ったように、おじいさまは今寝ついたばかりだ。君が戻ってきたと知ったら、また眠れなくなるかもしれない。食事を済ませて、おじいさまの睡眠も十分とれた頃に、一緒に会いに行こう」

結城暁の言い分はもっともだった。南雲泉はようやく頷いた。「わかったわ」

「若旦那様、若奥様、こちらへどうぞ。ご主人様は二人がお昼に戻られると知って、朝早くから若奥様のお好きな食材をたくさん買い付けるようにと仰いました。特にこのタラバガニは、朝一番に空輸で届いたもので、大きくて新鮮です」

「ご主人様は若奥様がお好きだとご存知で、店主の自家用に取っておいた最高級品を強引に譲っていただいたほどです」

南雲泉は聞けば聞くほど、胸が苦しくなった。

今の彼女は、ほとんど孤児同然だった。

でもおじいさまが与えてくれた愛は、これまでの人生で失われた全ての温もりを補うのに十分なものだった。

彼女はなんて幸運なのだろう。おじいさまに出会えて、そして彼の孫の嫁になれて。

おじいさまは彼女と暁がうまくいくことをそれほど望んでいるのに、誕生日が過ぎたら、彼女は自ら離婚の話を切り出さなければならない。そう考えると、南雲泉はますます忍びなく感じた。

「さあさあ、熱いうちにどうぞ。若奥様、早くお召し上がりください」瀬戸野は自ら南雲泉にタラバガニを取り分け、前後に忙しく立ち回っていた。

南雲泉が箸を伸ばそうとした瞬間、突然激しい吐き気が襲ってきた。

彼女はすぐにトイレに駆け込んで吐き始めた。しかし、テーブルに戻るとタラバガニの匂いを嗅いただけで、また口を押さえてトイレに駆け込んで吐いた。

南雲泉がテーブルに戻ると、瀬戸恵がにこにこしながら温かい水を一杯持ってきた。

「若奥様は最近病院に行かれましたか?このご様子では、つわりのようですね。きっとお腹の中に赤ちゃんがいらっしゃるのでしょう。ご主人様のひ孫を抱く夢がもうすぐ叶いそうですね」