一度手放したら、もう二度と振り返らない

二人の車が走り去るのを見送ってから、真子はくるりと向きを変え、風に向かって大股で歩き出した。

自分の夫を、「お義兄さん」と呼ぶなんて。がっかりわ!

「諦めなさい。あの人があなたを愛することなんて、永遠にないのだから!」

自分自身に、囁くように言い聞かせる。「真子、一度手放したら、もう二度と振り返らない!」

たとえ、どれほど愛していても。

——

その頃、藤原月は詩織を病院へ送り届けた後、茶館へと向かっていた。

そこは、彼ら昔からの仲間がよく集まる場所で、専用の茶器も置かれている。

彼が席に着くと、他の3人の若者たちがしばらく値踏みするように彼を見つめ、彼が煙草に火をつけるのを確認してから口を開いた。「本当に、うちの可愛い真子ちゃんを詩織さんのところに連れて行ったのか?」

藤原月は銀色の煙を吐き出した。「ああ」

「はっ!詩織さんのためなら、真子ちゃんにあんな情け容赦ない仕打ちができるんだからな!」

派手な柄シャツを着た男が、嘲笑うように言った。

藤原月の切れ長の目に宿る感情は煙に遮られ、何を考えているのか窺い知ることはできなかった。

「真子ちゃんに離婚の話、したんだろ?反応どうだった?泣きべそかいてなかったか?」

別の男が好奇心たっぷりに尋ねる。

「いつまであいつを3歳児扱いしてるんだ?」

泣きべそ?

藤原月は昨夜のことを思い出した。泣くどころか、彼女は驚くほど落ち着き払い、淡々とサインをしたのだ。

「それもそうか!もうすっかりレディだもんな。なあ、たまには兄さんたちにも会わせろよ。もう3年以上会ってないだろ?夫婦になれなくても、兄妹としては付き合えるだろ!」

そう言ったのは、子供の頃から真子のお守り役だった須藤陽太(すどう ようた)だった。

「夫婦、兄妹……なんか、インセストっぽい響きだな?」

もう一人の男が言って、ぺろりと唇を舐めた。その目には悪戯っぽい光が宿っている。

藤原月はため息をついた。「あいつは帰国したばかりだ。ちょっかいを出すな」

3人はそれを聞いて一瞬黙り込んだが、すぐに元の話題に戻った。「で、結局、同意したのか?」

「離婚協議書には、もうサインした」

藤原月は淡々と言った。

3人は信じられない、という顔をした。「あっさりサインしたって?財産分与とか、何も要求なしで?」

「ああ」

藤原月はふと、かつての意地悪でわがままだった少女のことを思い出していた。

「あの真子が、急にそんな物分かりよくなったのか?まあ、どうでもいいって。問題は、月、本当に詩織さんと結婚するつもりなのかってことだ」

須藤陽太が再び尋ねた。

「……さあな」

藤原月はわけもなく苛立ち、また煙草を深く吸い込んだ。

夜、藤原家の旧宅に戻ると、真子はちょうどおばあ様と義母と一緒に、ありきたりなメロドラマを観ているところだった。おばあ様と義母は家庭を壊す第三者に対して盛んに文句を言っているが、彼女はその隣でただ曖昧に笑っているだけだ。

23歳だと言っていたか?

どうしてまだ、あんなに子供っぽいのだろう?

少しも大人の女性らしさがない。

ソファに向かって歩きながら、不意に昨夜の、濡れた彼女の姿が脳裏をよぎった。黒い瞳が、ふと彼女の胸元に吸い寄せられる。

「若様、お帰りなさいませ」

ちょうどお手伝いさんが果物を運んできたところで、彼に気づいて挨拶をした。

「ああ」

藤原月はそばへ行って腰を下ろした。その視線には、どこか熱っぽい光が宿っている。真子の姿を捉えていた。

真子は珍しく、可愛らしい小花柄のワンピースを着て、すらりとした細い脚を出して義母とおばあ様の間に座っていた。

真子はこの二人にとって、常に目に入れても痛くないほどの存在だ。自分や妹でさえ、敵わないほどに。

「あらあら、うちの坊ちゃんがどうしてこんな時間に帰ってきたのかしら?」

「お母様、私たち、幻覚でも見てるのかしら?ねぇ、真子ちゃんも見てみて。本当に、あなたの旦那様?」

嫁姑は息ぴったりに囃し立てる。真子は気まずそうに、しかし失礼にならないように微笑んで、「お義母様、お祖母様、本当に月ですよ」

「旦那様」という言葉は、とても口に出せない。彼もそれを許さないだろう。

藤原月はまたネクタイを緩めた。どうして家の空気はこんなに薄いのだろう?

「『月』って誰のことだい?」

お祖母様がさらに尋ねる。

「え?お孫さんですよ、お祖母様!」

真子はからかわれて、少し顔を赤らめた。

「私の孫で、君の誰なんだい?」

祖母は藤原月を見つめたまま、真子に問い続ける。

真子は耳まで赤くなっていた。祖母が何を言わせたいのかは分かっている。これ以上問い詰められるのを避けるため、仕方なく、声を潜めて、はっきりしない口調で言った。「わ、私の……だ、旦那様……」

祖母はその言葉を聞いて、やや不満げではあったものの、それ以上は追及しなかった。「そうそう、それでいいんだよ!まったく、この役立たずの夫め!」

「お祖母様!」

死人扱いされて、藤原の御曹司も面白くない。

「なんだい?何か間違ったこと言ったかい?結婚して3年にもなるのに、うちの可愛い真子ちゃんのお腹はぺったんこのままじゃないか。これができる男のすることかい?」

祖母は続けて問い詰める。

藤原月はさらに焦燥感に駆られ、ため息をついて口を閉ざした。

真子も気まずく、俯いて黙り込んでしまう。

「この馬鹿息子!お前が何を考えてるか、この母さんが知らないとでも思ってるのかい。言っておくけどね、私がいる限り、あんな女、絶対にこの家の敷居は跨がせないからね。どうせ、私より長生きできないんだから!」

息子が黙り込んだのを見て、今度は義母が不機嫌になり、直接的に警告した。

藤原月は腹の底から怒りがこみ上げてくる。帰ってくればこうなることは分かっていた。

祖母と母の間でうまく立ち回っている真子を見ると、ますます気が滅入る。

あの甘く、どこか頼りなげな「お義兄さん」という響きが、午後の間ずっと耳から離れないのだ。

突然、詩織からの電話が鳴り、思考が中断された。だが、彼はスマートフォンを握りしめたまま、画面を見つめるだけで、応答しようとはしなかった。

近くに座っていた母が画面をちらりと見て、促すように言った。「ずっと思っていたことを聞かせてもらうよ、月。あの子が死ぬ時に、道連れにしたいと言ったら、お前も一緒に逝くつもりなのかい?」

その言葉に、藤原月ははっと顔を上げて母を見た。「何を言ってるんですか?」

「もう出てなさい。うちには、親不孝な息子は必要ない!」

母は突然、悲しみにくれて涙ぐんだ。

これ以上ここにいると口論になりかねないと思い、藤原月は立ち上がってその場を去ることにした。

しかし、祖母様は少し不憫に思ったのか、そっと真子の手を握った。「送って行きなさい」

真子は気が進まなかったが、離婚のことを思い出し、後を追って外へ出た。

「お母様、あの子はもう駄目みたいですね」

「あんな女、どうせ長くは生きられないさ。うちの真子ちゃんはこんなに良い子なんだから、あの子もいつか気づくよ」

嫁姑はそう言いながら、ガラス窓越しに外の様子を窺っていた。

外では、生暖かい風がゆるやかに吹いていた。彼が電話を終えて振り返ると、真子が立っていた。

スカートの裾が風に煽られ、髪も乱れて、それが妙に心を掻き乱した。

「お祖母様に言われて出てきたのか?」

藤原月は車のドアを開け、乗り込む前に尋ねた。

真子はまた両手を後ろに回し、頷いた。「はい。……でも、自分でも来たかったんです」

その言葉に、藤原月は顔を上げて、ぎろと見た。

「お聞きしたいのですが、私たちの離婚のこと、いつ、手続きをするのでしょうか?」

真子は何度か躊躇した後、どうにか問いかけることができた。

すべての事情を知っていれば、もっと冷静でいられると思っていたのに。

言葉にした後で、自分の心がきりきりと痛んでいることに気づいた。

藤原月は、深い光を宿した目で彼女を見つめた。「……近いうちに」

「そう」

真子は俯いて、その言葉を噛みしめた。

「他に何か?」

藤原月が再び尋ねる。

真子は見上げたが、その視線に嫌悪を感じ取り、首を横に振った。しかし、彼が車に乗り込もうとする直前に、また抑えきれずに尋ねてしまった。「『近いうち』って、具体的にいつですか?」

「私より急いでいるようだな?どうした?本当に、彼氏に急かされているのか?」

藤原月が、真子の目の前に歩み寄った──。