「……あなたに支えてもらう必要なんて、ありません!」
しかし、どんなに温かい手でも、自分を温めてくれるためのものではないのだ。
藤原月は、彼女の唐突な強い反応に驚き、眉を顰めて見つめた。
真子は息を吸い込み、冷静さを取り戻してから、ゆっくりと再び口を開いた。「私は、いつだって、ちゃんと生きていきます。でも、お母様も約束してください。最後の瞬間まで、諦めないと!」
「わかってるよ、母さん、わかってるからね」
高橋お母さんは、感情を押し殺している娘の姿に胸を痛め、優しく宥めた。
その後、母娘はしばらく互いを慰め合った。藤原月は病室の外でタバコを手にしていたが、結局、火をつけることはなかった。
真子が病室から出てくると、彼がまだいることに気づき、思わず尋ねた。「…まだ、いらしたんですか?」
「まだ離婚はしていない。そんなに私を追い払いたいのか?」
「あなたの重荷になるつもりはありません。母が言ったことは、気にしないでください」
「では、離婚したら、私たちはもう家族ではなくなる、と?」
彼は手の中で弄んでいるタバコに視線を落としたまま尋ねた。
「……当然でしょう」
離婚して、どうしてまだ家族だと言えるのだろう?
「昔、君のお父様とお母様が離婚した時、二人はもう家族ではなくなったのか?」
「それは、話が違うでしょう?」
真子は譲らずに反論した。
「真子…」
彼は耐えかねたように、ため息をついた。
「名字で呼んでいただいた方が、気が楽です。それに、今ここにいらっしゃる時間があるのなら、役所に付き合っていただく時間もあるのではありませんか?」
「…」
藤原月は信じられないという顔で彼女を見た。
離婚を、急かされている?
彼からの返事がないのを見て、真子は再び彼を見た。「……今からでも、構いませんが?」
「……この後、会議がある。重要な、な」
藤原月は廊下の奥に視線を移し、手の中のタバコをへし折ると、強く握りしめた。
「では、なぜまだここに?」
真子は重ねて尋ねた。
藤原月は眉を顰めて自分の足元を見つめ、それから顔を上げて彼女を見た。「会社の広報部に、まだ空きがある。そこへ行け」
「……私はもう、テレビ局で仕事を見つけました」
彼が仕事を用意してくれるとは思わなかった。もちろん、受けるつもりもない。
離婚した相手の下で働くなんて、周りからどう思われるか。
「テレビ局?何をするつもりだ?」
「ニュースキャスターです」
真子は答えた。
藤原月は眉間の皺を寄せたままだ。また別の方向を見ながら言った。「その仕事は、君にはあまり向いていないのではないか?」
「あなたの下で働く方が、よほど不向きです。私にはまだ用事がありますから、あなたも早くお行きになってください」
真子は、洗面用具などを買いに行くつもりだった。最近は病院に泊まり込んでいるのだ。
先に歩き出し、エレベーターに乗ると、彼も後からついてきた。無意識のうちに息苦しさを感じ、視線を逸らす。
その、まるで眼中にもないかのような態度に、藤原月はほとんど理解しがたいものを感じていた。彼女は、こんな人間ではなかったはずだ。
「お義母さんのことで、君に大きなプレッシャーがかかっていることは分かっている。離婚の件は、少し延期してもいい」
藤原月は、彼女の痩せた横顔を見つめながら提案した。
真子は一瞬、動きを止めたが、やがて諦めたように軽くため息をつき、落ち着き払って答えた。「……いえ、その必要はありません」
エレベーターを降りても、真子は彼と一緒に行こうとはしなかった。スニーカーを履いた真子の足取りは速い。しかし、出口に着くと、彼は片側に立ちはだかるようにして言った。「どこへ行く?送ろう」
真子は振り返り、じっくりと彼を観察した。
藤原月は、その視線に少し居心地の悪さを感じた。
突然、真子は彼を驚かせる行動に出た。身を乗り出し、つま先立ちになって顔を上げ、彼の呼気がかかるほどの距離まで近づいたのだ。
藤原月は反射的に身を引いた。
「……あなたは潔癖症でしょう。人と触れ合うのが、本当は好きではない。無理をしないでください。離婚しましょう。私は、心からあなたと詩織さんの末永い幸せを祈っています」
「…」
彼女はそれだけ言うと、再び風の中へと歩き出した。
もう、彼と二人きりでいてはいけない。抑えきれずに、彼に多くを求めてしまいそうになるから。
彼は自分を家族として見ることができても、自分はそうではない。
なりたいのは、ただ、彼の妻だけなのだから。
9月の風は、どうしてこんなにも強いのだろう。彼女の小花柄のワンピースの裾を翻し、人の心を乱す。
真子は近くのスーパーマーケットで買い物を済ませ、支払いをしようとした時、声をかけられた。
「真子!」
「陽太さん!」
互いに相手の姿に少し驚いたが、すぐに須藤陽太は尋ねた。「おばさんは元気かい?」
「ええ、元気です」
真子は頷き、従順に答えた。
須藤陽太は彼女を見つめ、藤原月が彼女と離婚しようとしていることを思い出し、思わず彼女の肩を抱いて慰めた。「お前が小さい頃から月のことが好きだったのは知ってる。でもな、この世の中、珍しいものなんていくらでもあるけど、似たような男なんて掃いて捨てるほどいるんだ。あまり気を落とすなよ、分かったか?」
真子は肩を抱かれることに慣れていなかったが、隣家に住む兄のような存在からの気遣いに、頷いて受け止めた。
「そうそう、それでいいんだよ。うちの可愛い真子ちゃんは、昔から賢くて可愛いって評判なんだから。どんなことだって、お前を打ち負かすことなんてできやしないさ」
須藤陽太は励まし続けながら、自分のスマートフォンを取り出した。
真子は彼が何をするつもりだろうと思った。
「LINE、交換しようぜ。これから何かあったら、兄さんに連絡しろよ」
「はい!」
真子は感動し、自分のスマホを取り出して須藤陽太と連絡先を交換し、言われた通りに電話番号も送った。
須藤陽太は登録を終えると彼女から手を離し、再びタバコをふかした。「ここ数日はゆっくり休め。近いうちに、みんなで集まってお前の歓迎会を開こう」
「はい!」
それが社交辞令だと分かっていながらも、真子は頷いた。
その後、須藤陽太が彼女を病院まで送っていった。その間も、彼の手は相変わらず彼女の肩に置かれていた。真子は居心地悪そうに微笑んで言った。「陽太さん、腕が、折れそうです」
須藤陽太が自分の行動の不適切さに気づく間もなく、見慣れた人影が目に入り、思わず動きを止めた。「…なんでここにいるんだ?」
「その手を、どけろ!」
藤原月が眉を顰めて命じた。
須藤陽太ははっとして、真子の肩から手を離し、傍らに立って二人を見つめた。
真子もまた、彼がまだ帰っていなかったことに驚いていた。
会議があると言っていたのに。
「会議は?」
「もうすぐだ。このカード、持っておけ」
藤原月はそう言うと、一枚のカードを彼女の目の前に差し出した。
真子が訝しげに見つめていると、彼は苛立たしげにカードを彼女が持っているレジ袋の中に放り込み、そのまま立ち去った。
真子は、彼の大きな背中が黒塗りのセダンに乗り込むのを見送り、車が遠ざかってから、ようやく袋の中を覗き込んだ。
「……月も、大変なんだよ」
須藤陽太が不意にため息をついた。
「……そうですか?」
真子は上の空で問い返したが、突然、目頭が熱くなった。
いったい、何なのだろう?
愛していないのなら、離婚するつもりなら、どうしてこんなことをするのだろう?
「考えてみろよ。詩織は身体が弱いし、お前はずっと海外にいた。あいつは表向き、理想の本命と妻に囲まれてるように見えるかもしれねえけど、実際はどうだ?」
「…」
真子は我に返り、須藤陽太を見た。
「俺たちみたいな、独り身と何も変わらねえのさ」
「…」
真子は意味を理解したが、信じられなかった。
藤原月と詩織は何年も一緒にいるのだ。どうして、独り身と何も変わらないなどということがあるだろう?
——
夜、母親が眠りについた後、真子は例の新居へと戻った。自分のスーツケースを持ってくるため、そして、彼から渡されたカードを置いてくるために。
しかし、まさか、そっと家に入った先に、彼がソファで横になっている姿を目にするとは思ってもみなかった。
ずっと、詩織と一緒に寝ているのだと思っていたのに、どうして自分が帰国してからここ数日、彼は家にいるのだろう?
偶然なのか、それとも、ずっとこうだったのか?
テレビはスポーツチャンネルがついており、音量は控えめだ。
試合を見ていた彼の目が、不意にこちらを向いた。「……帰ってこないと思っていたが?」
真子は、彼が自分を嫌っていることを知っていたので、はっきりと告げた。「すぐに出て行きます。スーツケースを取りに来ただけです。それと、これを返しに」
そう言って、手に持っていたカードをテーブルの上に置いた。そして、ふと、テーブルの上に置かれたままの、まだ彼の署名がない離婚協議書が目に入った。
「……真子、薬を探してくれないか?……胃が、痛むんだ」
突然、彼は身体を丸め、腹部を押さえて苦しそうに言った。