藤原月の言葉『汚いなんて思わない』

真子は胃薬を探し、お湯を沸かして、月の元へ持っていく。「……大丈夫?」

「薬……取ってくれないか。力が入らなくて……」

苦しげな呻き声が漏れる。薬を取り出すのを手伝ってほしい、と懇願するように。

真子は思わず視線が藤原月に向かう。「……手を出して」

藤原月が素直に手を差し出す。

その手に、真子が薬一粒、直接乗せられた。

藤原月の口元にかすかな笑みが浮かぶ。「……潔癖症なのは、一体どっちなんだか」

「決まってるじゃない」

言いながら、真子は水を用意する。けれど、コップを持つ手には、ティッシュが添えられていた。

自分のこととなると、どうしてこうも無自覚なのだろう。

嫌悪というものは、時に無意識のうちに、態度に滲み出てしまうものだ。

かつては、月は他人が触れたものには決して触れようとしない――それほどの潔癖さだったのに。

「……起こしてくれ」

再び、月からの指示が飛ぶ。

真子はもともと彼の前に半ばしゃがみ込んでいたが、その言葉を聞いて一瞬動きを止め、しかし顔色の悪さに気づくと、仕方なく支えようと手を伸ばす。

どう支えればいいのかわからない。幼い頃、不意打ちで抱きついたことがあったが、その後半年もの間、口を利いてもらえなかった記憶が蘇る。

藤原月は、彼女の二本の繊細な手が置き場に困っている様子を見て、自らその手を掴み、自分の体に置かせた。「押してくれないと、起き上がれないだろう?」

「あっ……」

ぎこちなく返事をし、背後に回り込むと、肩に手を添えてぐっと押し上げた。

薄いシャツ越しに伝わる体温が、眞子と絡み合って、その胸の奥がじわりと熱くなり始める。まるで、沸騰したばかりのお湯のように……。

藤原月はぐったりとした様子で、彼女の華奢な肩にもたれかかり、薬を口に含んだ。

真子はすぐにコップを持ち上げ、口元へと運ぶ。

「……汚いなんて、思わない」

藤原月は彼女を見つめ、やや掠れた声でそう告げた。

真子は後ろめたさからか、ふんと鼻で笑った。汚いと思うかどうか、本人は分かっているのだろう、と心の中で思う。

月はコップを受け取ろうとはせず、真子の手首を掴み、コップを自分の唇まで持ち上げさせた。

薬を飲み終えたが、真子は自分の手首が痺れてしまったように感じた。

「子供の頃、君をおぶってやったこともあるだろう。忘れたのか?」

「……」

確かに、おぶってもらったことはある。けれど、あの時抱きついて以来、もうおぶってはくれなくなった。

真子は黙ったまま、薬を飲み終えたのを見て立ち去ろうとしたが、肩にずっしりともたれかかられていて、身動きが取れない。

空気には不意に、曖昧な雰囲気が漂い始める。黙って唇をきゅっと結び、小声で促した。「月さん、私、病院に戻らないと……」

「送るよ」

「大丈夫です!体調が悪いのでしょう、ゆっくり休んでください」

真子は顔を背け、そっと断った。

「でも、こんな時間だ。女の子一人では心配だ」

藤原月が言う。

真子はふと、テーブルの上の離婚届に目をやった。もう我慢できない。「どうして、まだサインしてないんですか?」

「離婚には本人確認が必要だ。君、証明持ってるのか?」

「……」

あの年、実家で問題が起こり、父は彼女が巻き込まれるのを恐れて藤原家と相談し、彼女の戸籍を藤原家の戸籍に移していたのだ。その後いろんな原因があったから、持っていない。

「持ち出せるかどうかも分からない」

藤原月は眉間を押さえながら言った。

真子はこのままもたれかかられていたら、数分もしないうちに肩が潰れてしまうと感じた。

「……先にシャワー浴びたらどうだ?」

藤原月が不意に、彼女のワンピースに目を留める。昨夜のままだった。

真子はしかし、固まってしまい、耳まで赤くなった。

「何を考えてるんだ?その服、もう24時間も着てるだろう!シャワーを浴びて着替えろ」

特に、須藤陽太が彼女を抱きしめたことを思い出すと、さらに焦るように彼女から身を離し、自分はソファにぐったりと凭れながら、早くするようにと目で促した。

「……わかりました」

確かにシャワーを浴びて着替えるべきだ。今夜、ワンピースでは足元が冷える気がした。

九月は初秋。朝晩の気温差が大きい。

しかし、どこで浴びればいいのだろう?

「あの、下の浴室、使ってもいいでしょうか?」

真子は自分のスカートの裾を握りしめ、おずおずと尋ねた。

「主寝室のを、好きに使え」

「……」

真子は階段を上がりながらも考えていた。彼の潔癖症は治ったのだろうか?

一昨日の夜もそうだった。彼女が汚した浴室で、シャワーを浴びていたのだ。

真子は考えれば考えるほど疑問に思い、ワンピースを脱いで畳んで脇に置いた。それからドアが開いたままなのに気づき、閉めようとしたところで、また固まってしまった。

藤原月がドアの外に立っていた。淡々とした声。「これで、おあいこだ」

「……」

一昨日の夜、自分も彼を見てしまった。だから、これでおあいこ?

でも、わざと見たわけじゃない。なのに、さっきはあんなにじっと見つめてきて、明らかに長い間見ていたはずだ。

真子は急に腹が立ってきて、ようやくドアを閉めることを思い出した。

しばらくして、外から藤原月の声がした。「電話があったぞ。先輩だと名乗る人からだ。シャワーが終わったら折り返すように、と」

「……」

真子は信じられない思いでドア板を睨みつけた。それはどういう意味?

私の電話に出た?

それに、他の人に私がシャワー中だと教えた?

真子は急いで体を洗い流したが、ふと思い出した。自分のスーツケースは階下にあり、着替えも全てその中だ。

はぁ!

自分の痩せて貧弱な体を見下ろし、急に心が乱れる。

一体、これはどういうつもりなのだろうか?

「服はベッドの横に置いておく。下で待ってる」

再び外から藤原月の声が聞こえた。

真子は今度こそほっと息をつき、外のドアが閉まる音を聞いてから、そっと中から顔を覗かせ、部屋に誰もいないことを確認して外に出た。

ただ、どうしてまたワンピースなのだろう?

真子のスーツケースには全部で3着のワンピースしかなく、1着は着ていたから、残りは2着。あんなにたくさん長ズボンやシャツがあったのに、目に入らなかったのだろうか?

とはいえ、今の格好よりはましだ。

素早く着替えて、階下へ降りた。

藤原月はまだソファに座ったまま、片手で頭を支え、もう一方の手で胃を押さえている。

真子の足取りがゆっくりになる。「まだ、辛いですか?」

「ああ。……たぶん、病院の救急に行かないとだめかもな」

藤原月は苦しそうな声を漏らした。

「じゃあ、急いで行きましょう!」

真子はそれを聞いてすぐに頷いた。何事も後回しにできても、病気だけは後回しにできない。

数年前から胃の持病を患っている。母が九死に一生を得たことを思い出すと、彼に危険な目に遭ってほしくなかった。

スーツケースは彼にかき乱され、服が床一面に散らばっている。真子は急いで片付けようとした。

「うっ!」

不意に、また呻き声がした。

真子は心配そうに見上げた。「……すごく痛みますか?」

「明日また片付けに来ればいいだろう!……すごく痛い」

「そ、そうですか……じゃあ、わかりました!」

命より大切なものはない。

二人は慌ただしくドアを閉めて外へ出た。道中ずっと、彼の顔色は白い。

真子は見れば見るほど心配になり、思わず慰めるように声をかけた。「少し我慢してくださいね。もうすぐ病院に着きますから」

藤原月は伏し目がちに、自分の腕に寄り添う少女を見ていた。これまで感じたことのない接触に、思わずVネックの胸元を覗き込んでしまう。

真子は何にも気づかず、ただ彼の車の前に着いた時、はっと我に返り、しまった、と内心で叫び、困ったように尋ねた。「私、免許持ってないんですけど、どうしましょう?」

「俺が運転する」

「……」

真子は胃痛を我慢して運転させるのは申し訳ないと思ったが、他に方法もなかった。

その時、彼の携帯電話が突然鳴り出した。「詩織」という二文字が、それまで和やかだった車内の空気を一変させた。

真子ははっと我に返り、その番号を見てから彼に視線を移す。

藤原月の表情が少し冷たくなった気がした。

もう夜の11時過ぎだ。私のことを気遣っているのだろうか?

真子は言った。「出てください。私は黙っていますから」

藤原月は無意識に彼女を一瞥したが、彼女はすでに彼の代わりに通話ボタンを押していた。

顔を窓の外に向け、邪魔しないようにする。