先ほど野村香織にキスされたことで、彼は心が乱れ、それまでの軽やかで楽しい気分は消え去ってしまった。しかし、怒りも湧かず、外で半箱のタバコを吸っても、この感覚が何なのか分からなかった。
最も気がかりなのは、目を閉じると野村香織が踮つま先立ちでキスしてきた光景が浮かぶことだった。ネオンの光に目が眩んでいたのか、それとも女性本来の美しさなのか、とにかく野村香織がより一層美しく見え、その艶やかな顔立ちに、つい妄想が膨らんでしまう。
彼のそんな様子を見て、青木翔と川井遥香は目を合わせ、お互いの目から不可解さを読み取った。このような渡辺大輔の姿は初めて見るものだった。
青木翔は川井遥香にアイコンタクトを送り、渡辺大輔の方を顎でしゃくって、どうしたのか聞いてみるように促した。川井遥香は首を振り子のように振り、青木翔に目配せを返して、なぜ自分で聞かないのかと示唆した。青木翔は両手を広げ、苦笑いしながら、自分には勇気がないことを表現し、川井遥香も自分を指差して、同じく勇気がないことを示した。
渡辺大輔が不機嫌になっているため、二人は大声で話すことができず、横で目配せするしかなく、個室の雰囲気は一気に冷え込んだ。
「青木翔、今日お餅でも食べたのか?」突然、渡辺大輔は目を閉じたまま言った。
青木翔は表情を固め、意味が分からずに聞き返した。「どういう意味?何のお餅?」
渡辺大輔は彼を横目で見て、冷たい声で言った。「普段はおしゃべりが止まらないくせに、機関銃みたいにしゃべり続けるのに、今日はこんなに静かだから、お餅で口が塞がれたのかと思ってな。」
青木翔は目を回して言った。「ふん、さっき向こうへ行けって言ったのは誰だよ?よく言うよ。」
渡辺大輔は黙ったまま、空のグラスを取り、ミネラルウォーターを開けて注ぎ始めた。青木翔と川井遥香は呆然としていた。こんな場所で水を飲むなんて?
「そういえば、大輔、光文堂の社長を知ってるか?今日、光文堂とうちのブルーライトのプロジェクト提携が破談になって、すぐに競合の美天株式会社にプロジェクトを売り渡したんだ。まったく許せない!」青木翔は尋ねた。
川井遥香は笑って言った。「へぇ、青木様も人にいじめられることがあるんだね。もしかして、部下が誰かを怒らせたんじゃないの?」