第46章 バーでのキス

野村香織は気まずくなった。今、彼女は片手で渡辺大輔の手首を掴み、もう片方の手で彼の肩に手を回していた。二人の距離はわずか拳一つ分で、つま先立ちすれば男の顔にキスできるほどだった。この環境で、彼らのこの姿勢は余りにも親密すぎた。まるで恋に落ちたカップルのようだった。

「ねぇねぇ、何ぼーっとしてるの？つま先立てばキスできるじゃない」小村明音は目を丸くして言った。

次の瞬間、野村香織は我に返り、歯を食いしばってつま先立ちし、ピンク色の冷たい唇を渡辺大輔の唇に軽く押し付けた。彼女の身長169センチに、ハイヒールを履いていれば、渡辺大輔が180センチ以上あっても、キスすることができた。

一瞬の接触の後、野村香織は男から離れ、一歩後ずさりした。「これは罰ゲームよ。真剣に受け止めないで！」

彼女の声は落ち着いていて、感情の欠片も感じられなかった。その後、小村明音の方を向いて言った。「約束通りやったわ。行きましょう」

小村明音は呆然と頷いた。先ほどの一幕は刺激的すぎた。ナイトクラブで元夫にキスするなんて、考えただけでもドキドキする。

柴田貴史は渡辺大輔に頷いて合図を送り、小村明音の手を引いて立ち去った。「行こう、場所を変えよう」

野村香織の後ろ姿を見つめると、その赤いドレスがバーの妖しい照明の下で美しく艶やかに輝いていた。本来ならここで遊ぶ予定だったが、渡辺大輔がいるため、場所を変えざるを得なかった。

……

柴田貴史の車の中で、小村明音は手を伸ばして野村香織の額に触れた。「あれ？熱もないじゃない！」

野村香織は彼女の手を払いのけ、眉をひそめて言った。「熱があるのはあなたでしょ！」

「香織ちゃん、あなた酔ってもないし、熱もないのに、さっき何をしたか覚えてる？」小村明音は心配そうに尋ねた。

「私、健忘症じゃないわ。さっきバーの入り口で渡辺大輔にキスしただけよ。何か問題でも？」野村香織はイライラした様子で答え、この話題を続けたくないような様子だった。

小村明音は黙って、ミネラルウォーターを取り出して数口飲んだ。彼女は少し飲みすぎていて、思考が混乱していたので、水を飲んで冷静さを保とうとした。