野村香織はもう一度お茶を飲んで言った。「当然よ。ドロドロした展開のドラマも人生から生まれるものだから。夜食一回で私にあなたの彼女のふりをさせたいってこと?」
野村香織は一目で見抜いていた。杉村俊二も頷くしかなかった。「その通りです」
自分にもう一杯お茶を注ぎながら、野村香織は少し沈黙した後で言った。「人を騙すようなこと、私は好きじゃないわ」
杉村俊二は軽く笑って言った。「大丈夫です。嫌なら無理にとは言いません。何も言わなかったことにしてください」
彼は本当に気にしていなかった。来る前からただ試してみようという気持ちだけで、野村香織が承諾するとは全く思っていなかった。結局、こういうことは人に無理を強いることになるのだから。
野村香織は彼を見つめて言った。「でも今回は例外として、あなたの頼みを聞くわ。一度だけ彼女のふりをしてあげる。ちょうど私もあなたにお願いしたいことがあるの」
杉村俊二は少し驚き、目に喜色を浮かべた。まさかこの話にまだ余地があるとは。野村香織の同意は予想外だった。「お願い、ですか?」
野村香織は頷いた。「私の離婚のこと、柴田貴史があなたに話したでしょう。今は私も吹っ切れたけど、元夫が少し様子がおかしいみたいなの。だから彼の頭を正常に戻したいの」
杉村俊二は眉を上げた。「元夫?あなたを困らせているんですか?」
お茶を一口飲んで、野村香織は首を振った。「そうとは言えないわ。ただ、もう離婚したんだから、これ以上関わりたくないだけ。お互い別々の道を歩むべきでしょう。ちょうどあなたが私に彼女のふりを頼みたいということなら、この機会に元夫の前で演技してみない?」
杉村俊二は野村香織の何気ない表情を見つめていたが、彼女の笑顔と表情に冷たさが混じっているのに気づいた。先ほどまでの清楚な雰囲気とは全く異なっていた。
杉村俊二には錯覚のような感覚があった。二人の関係が友人から商売上のパートナーに変わったような気がした。これは互いに助け合うというより、双方に利益をもたらす取引のようだった。そして野村香織のその成熟した手際の良さが、彼を深く魅了していた。
野村香織の美しい顔立ちを見つめながら、杉村俊二は喉の渇きを覚え、心臓の鼓動が倍以上に速くなったように感じた。まるで恋の渦に巻き込まれ、目が回るような感覚だった。