山本春雨は左右を見回し、困った表情で言った。「ここは人の出入りが多いから、トイレで話しましょう」
彼女の提案に、野村香織は頷いた。「そうね」
……
トイレの中で。
高級ホテルだけあって、トイレまで香りが漂っていた。斎藤雪子はこの点を非常に重視しており、桜花グランドホテルはそれを実現していた。悪臭や尿臭は一切なく、代わりにかすかなジャスミンの香りが漂っていた。
山本春雨に続いて女子トイレに入ると、最初の個室を通り過ぎる時、野村香織は突然の危機感に襲われた。そして、薄い青い煙が彼女の顔に向かって噴き出してきた。
緊急事態に、野村香織は素早く反応した。まず目を閉じ、息を止め、すぐに体を回転させて山本春雨に背を向け、煙を完全に背後に遮った。
次の瞬間、何本もの手が彼女の両腕を背後に捻じ曲げ、前方に連れて行こうとした。
煙が消えたかどうか確信が持てず、野村香織は目を閉じたまま叫んだ。「山本春雨!?」
しかし、返事をしたのは夏川静香だった。「ふん、叫んでも無駄よ。私よ。さっきまで偉そうにしていたけど、今はどう?私に押さえつけられているじゃない」
夏川静香の声を聞いて、野村香織は目を開け、振り向いて見ると、案の定、夏川静香と山本春雨、そして名前を忘れたもう一人の取り巻きが彼女を押さえつけていた。
野村香織は冷たく言った。「何をするつもり?」
夏川静香は冷笑し、険しい表情で野村香織を見つめながら言った。「わかっているくせに」
言葉が終わらないうちに、彼女はポケットからピンク色の錠剤を取り出し、野村香織の口元に近づけた。「おとなしく飲めば楽よ。これを一錠飲めば、完全に解放されるわ。あなた、お金持ちの奥様になりたかったんでしょう?身内で収めた方がいいわ。他人に嫁ぐより、私の夫の弟とペアになった方がいい。この錠剤を飲めば、今すぐホテルに連れて行ってあげる。目が覚めたら、あなたの夢が叶うわ。こんなチャンス、二度とないわよ。私の親切な申し出を無駄にしないでね」
夏川静香はそう言いながら、山本春雨たちに目配せをした。その険しい表情は明らかに「何をぼんやりしているの?早く彼女の口を開けなさい」と言っていた。