第216章 廊下の影の男

話が終わらないうちに、野村香織は夏川静香の腹部に一発パンチを食らわせた。夏川静香は痛みで腰を曲げ、口を開けた瞬間、野村香織は薬を口の中に投げ込んだ。吐き出さないように、しっかりと口を押さえ、さらに腹部に二発パンチを加えた。痛みで夏川静香の喉が反射的に動き、薬を飲み込んでしまった。

夏川静香が薬を確実に飲み込んだことを確認してから、野村香織は彼女を放した。その薬は発泡錠で、消化器系に入るとすぐに崩壊し、20秒もしないうちに完全に分解されて腸に吸収される。

洗面台で必死に吐こうとする夏川静香を見ながら、野村香織は腕を組んで冷ややかに言った。「夏川さん、これはあなたがずっと私に関心を持ち、親切にしてくれたことへのお返しよ。今夜が過ぎても、あなたがお金持ちの奥様として生活できることを願っているわ」

そう言って、彼女は個室のドアの前に行き、ドア越しに言った。「あなたたち二人も、今夜のことは一生忘れられない思い出になることを願っているわ」

そのとき、夏川静香の体がふらつき始め、ハイヒールで千鳥足になった。さっきまで必死に吐こうとしたが何も出てこず、今や薬が効き始めていた。彼女は壁を伝って出ようとした。人のいない場所を見つけて自分を閉じ込めたかった。自分で買った薬だから、飲んだらどうなるかわかっていた。

彼女が必死に外に向かおうとするのを見て、野村香織は微笑んで、ゆっくりと「清掃中、使用禁止」という黄色い警告札をトイレの入り口に立てかけ、その後ゆったりと夏川静香の後を追った。

数分後、彼女は親切にも夏川静香のために豪華な円形ベッドルームを開け、夏川静香をベッドに放り込んでから、カードキーを持って出て行った。

思いもよらなかったことに、ドアを出たとたん、影に潜んでいた渡辺大輔と鉢合わせてしまい、表情が一瞬凍りついた。彼女は目を擦って、さっきの光景は幻覚だったのではないかと疑った。奉天市は河東から数千キロも離れているのに、しかもこんなに多くのホテルがある中で、なぜここで元夫に出会うことになったのか？

しかし、もう一度見直してみると、確かにその人物は渡辺大輔だった。男の体つき、オーラ、容姿、そして嫌悪感を抱かせるような表情は、灰になっても見分けがつくほどだった。ただし、彼女はすぐに気持ちを落ち着かせた。この男とは何も話すことはないのだから。