野村香織は携帯をしまい、最も近いショッピングモールに向かって歩き始めた。そこは人通りが最も多く、タクシーを拾えるかもしれないと思ったからだ。
夜は更けていたが、通りの両側には赤い提灯が吊るされ、街全体が縁起の良い祝祭的な雰囲気に包まれ、明るく照らされていた。目に入るものすべてが赤色で、一般家庭も商店も、玄関や窓には赤い切り絵が貼られていた。
野村香織はコートのポケットに両手を入れ、一人で歩いていた。通りを走る車は時折見かける程度で、タクシーは一台も見当たらなかった。
しばらく歩いた後、野村香織は立ち止まり、振り向くことなく言った。「もう隠れなくていいわ、出てきなさい」
彼女の声は静かな大通りに響き渡った。その言葉を聞いた渡辺大輔は、影から素早く動いて、近くの店の角に隠れた。