渡辺大輔は静かに野村香織を見つめていた。離婚する前まで、彼は野村香織が拝金主義の女だと思い込んでいた。渡辺お爺さんとの出会いや自分を助けてくれたことも、彼の目には香織の計算づくの行動としか映っていなかった。しかし離婚してから今まで、彼は彼女がそんな女性ではないと、そして行動力があり決断力のある人だと、徐々に気付き始めていた。
この期間、彼は香織に何度も会ってきた。時には優しく柔らかで、時には色っぽく、時には落ち着いていて、時には激しい気性を見せ、威圧的な態度を取り、そして今日のように、強引さの中に可愛らしさと我儘さを見せることもあった。
今夜まで、彼は香織のことが好きだった。彼女の美しさが好きで、凛とした姿が好きだった。表面的な愛情の中には軽い好意と多くの後悔が混ざっていた。しかし今、彼は本当にこの女性を愛するようになっていた。
以前、彼はネットでこんな言葉を読んだことがある。本当に誰かを愛するようになると、相手のどこが好きなのかわからなくなる。どこが良いのか言葉で表現できないけれど、誰にも代わることができない存在になる。そして今、彼はまさにその状態で、人生で初めて一人の女性に本当の心の震えを感じていた。
渡辺大輔は口を開いた。「小林家まで送っていこうか。」
この言葉は巧みだった。わざと「一緒に行く」という言葉を使わず、「送っていく」と言った。もし「一緒に行く」と言えば、香織は間違いなく即座に断っただろう。なぜなら、今の彼女が最も必要としていないのは彼の付き添いだったからだ。少なくとも今はそうだった。
案の定、香織は彼の言葉を聞いて、ちらりと一瞥を送った。普段なら混雑している大通りも、今夜は異常なほど静かで、時折通り過ぎる車もタクシーではなかった。男の言う通り、この時間にタクシーを拾うのは難しすぎた。
彼女はすでに長い間待っていた。小村明音からもらった腕時計を見て、思わずその場で欠伸をした。普段ならこの時間にはもう夢の中にいるはずだった。さらに今は寒いこともあって、急に眠気を感じ始めた。
「まあ、そこまで親切にしてくれるなら、遠慮なく使わせてもらうわ」香織は冷たい声で返事をした。