野村香織は通路側の夏川健志に微笑みかけ、彼の気遣いへの感謝を表した。毛布を用意してくれたのが夏川健志だと分かったのは、渡辺大輔と青木翔は、そこまで気が利く男性ではないからだった。
夏川健志は笑って言った。「よく眠れた?」
野村香織は頷いた。「うん、まあまあね」
夏川健志は続けた。「やはり美人は眠りから生まれるんだね。眠れる森の美女みたいに!」
野村香織は笑って答えた。「褒めてくれてありがとう」
この時期の河東は、恋する少女の心のように変わりやすく、晴れたかと思えば曇り、笑ったかと思えば泣き出す。着陸前はまだ晴れていたのに、着陸後には小雨が降り始めた。
夏川健志との会話を終えた野村香織は、毛布を丁寧に畳んでCAに返却した。そのとき、渡辺大輔が彼女と夏川健志をずっと冷ややかな目で見ていることに気付いたが、彼女は完全に無視した。
飛行機を降りる時になって、青木翔がようやく口を開いた。「おや、野村香織じゃないか。どこのきれいな女性かと思ったら、なんて偶然だね」
野村香織は彼らを一瞥もせず、まるで聞こえていないかのような態度を取った。機嫌が悪い時は、一言余計に話すことさえ人生の無駄だと感じていた。彼女が無視するのを見て、青木翔は肩をすくめ、手を広げ、「女は本当に情け知らずだな!」という表情を浮かべた。
空港を出ると、野村香織は直接斎藤雪子の車に乗り込んだ。夏川健志は自分で送ろうと思っていたが、斎藤雪子が来ているのを見て、野村香織を見送るしかなかった。野村香織が空港の出口で姿を消すと、青木翔は渡辺大輔に向かって言った。「前向きに考えろよ。野村香織は君に送らせなかったけど、夏川健志にも送らせなかったんだから、まだチャンスはあるさ」
渡辺大輔は眉をひそめて黙っていた。そのとき、夏川健志のリンカーン・リムジンが渡辺大輔の前を通り過ぎた。夏川健志はわざと窓を下げ、挑発するような笑みを浮かべながら渡辺大輔を見つめた。二人の視線が空中で激突し、傍らに立っていた青木翔には、まるで火花が散るのが見えるようだった。車が遠ざかってようやく、夏川健志は窓を上げた。