藤丸家のお嬢様

藤丸詩織が世界トップクラスのハッカーだから、それを成し遂げられた。

わずか十代の頃から、藤丸詩織はコンピューターに関する驚異的な才能を開花させ、インターネットの世界に自身のハッカー帝国を築き上げていたのだ。

藤丸詩織こそ、その界隈では伝説的な存在として語られる――XY!

誰もがXYの正体を知りたがったが、詩織の真の姿を知る者は極めて少ない。久我湊と、ごく身近な数人だけが知る秘密だった。

久我湊はプライベートジェットから降りると、藤丸詩織に向かって駆け寄った。「ボス!」

だが、近づくにつれて藤丸詩織の額に残る生々しい傷跡が目に入り、久我湊は信じられないというように足を止めた。怒りで全身をわなわなと震わせる。「ボス!誰です、こんなことをしたのは!教えてください、今すぐそいつに目にもの見せてやります!死ぬより辛い生き地獄ってやつを、味あわせてやりますから!」

藤丸詩織はそれに触れたくない様子で、話題を変えた。「服を」

「は、はい!ボス、どうぞ!」久我湊は詩織の意図を察し、慌てて用意した服を手渡した。

藤丸詩織が身支度を整えている間、久我湊は屋敷の中を見回した。見れば見るほど、詩織への同情心が募る。この3年間、ボスがどんな生活を送ってきたのか、想像するだけで胸が痛んだ。

この家のデザインだって、ボスの好みとはかけ離れている……。それどころか、あまりにも質素だ。ボスが、こんな暮らしを……?ありえない……

着替えを終えた詩織が部屋の扉を開け、静かに出てきた。

その姿は、まるで別人のように生まれ変わっていた。以前の地味で影の薄い印象は消え去り、華やかで人を惹きつける魅力に満ちている。もはや、虐げられる哀れな存在ではない。奔放で自信に満ち溢れた――藤丸家のお嬢様、藤丸詩織だった!

もともと色白の藤丸詩織の肌は、薄化粧を施されることで、まるで最上級の羊脂玉のような滑らかさと輝きを放っている。漆黒の瞳は、流し目になると妖艶さを極め、よく見れば、少しつり上がった目尻には氷のような怜悧さと、凛とした強さが宿っているように感じられた。

鮮やかな真紅のロングドレスが、詩織の曲線美を余すところなく際立たせている。足元には10センチはあろうかという、ダイヤモンドが散りばめられたピンヒール。優雅で、そして目が覚めるほど美しい。

久我湊はすでに目元の涙を拭い去り、忠誠心と尊敬の念を込めて言った。「ボス、お帰りなさいませ!」

久我湊は久我家の末息子であり、大切に育てられた尊い身分の持ち主だ。しかし、同時に、藤丸家のお嬢様、藤丸詩織に最も忠実な弟分でもあった。

たとえ全世界が藤丸詩織を裏切ろうとも、自分だけは永遠に付き従う。そして、ボスを裏切った者たちは、己の全力を尽くしてでも、一人残らず抹殺する――それが湊の誓いだった。

「行きましょうか。藤丸グループへ。この3年間で、きっと面白いことがたくさん起こったはずだわ。私が一つ一つ、片付けて差し上げないとね」藤丸詩織の口角が上がり、大胆不敵な笑みが浮かぶ。

藤丸詩織をよく知る者ならわかる。その笑みが深ければ深いほど、危険が高まることの証なのだ。

この3年間、記憶喪失だったために、藤丸詩織は多くの人々との連絡を絶っていた。だが、彼女は戻ってきた。彼らとの繋がりを取り戻す時が来たのだ。

久我湊は来る際に、藤丸詩織が3年前に使っていたスマートフォンも持ってきていた。詩織は連絡先リストを開き、見慣れない、けれどどこか懐かしい名前の数々を眺め、一瞬、意識が遠のくような感覚に襲われた。やがて一人を選び出すと、白い指先でそっと画面をタップし、電話をかけた。

「藤丸さん!?本当に、あなたで……?3年ぶりです、ようやく、ご連絡を……!」長谷正樹(はせ まさき)の驚きの声が響き、同時に、がしゃん、と何か瓶のようなものが床に落ちる音が聞こえた。

藤丸詩織はくすりと笑って応じる。「お久しぶりですわね、長谷マネージャーさん」

「お、お久しぶりです、藤丸さん!あ、あの……わ、私は……」長谷正樹はもう三十代も半ばを過ぎた男だというのに、今は嗚咽を漏らし、何を言うべきかわからない様子で、危うく涙をこぼしそうになっている。

数十秒の後、ようやく彼は感情を落ち着かせ、口を開いた。「藤丸さん、どうか、そのような言い方は……。あの時、お力添えがなければ、今の私など存在しませんでしたから」

長谷正樹は若くして才能を開花させ、業界で引く手あまたのマネージャーとなったが、若さゆえの傲慢さから有力者を怒らせてしまった。その後、詩織の助けによって、彼は干される危機を乗り越えることができたのだ。

そして、藤丸詩織の後ろ盾を得た長谷正樹は、その能力を最大限に発揮し、近年では国内最高のマネージャーの一人と称されるまでになっていた。

「以前、お願いした件、どうなっていますか?」藤丸詩織は電話の向こうの長谷正樹に尋ねた。