016 撮影の必要はない

「お姉さん、帰ってきたの、うっ...私、私てっきり...」榊蒼真は涙で言葉を詰まらせた。

藤丸詩織は電話越しに、榊蒼真の周りで誰かが英語で彼が泣いている理由を尋ねているのが聞こえた。公共の場所にいるのだろうか?

そのことに気づいた藤丸詩織は、すぐに優しく慰めた。「泣かないで、泣かないで。今は元気でしょう?この数年はどうだった?」

「うん、大丈夫だよ。ただ...お姉さんのことを...」ここで榊蒼真は一瞬言葉を詰まらせ、それから続けた。「この三年間、ずっとお姉さんを探していたんだ。でも見つからなくて...だから頑張って、一番高いところまで登って、最高の露出を得ようとした。そうすればお姉さんがすぐに私を見つけられると思って。」

藤丸詩織は榊蒼真の言葉を聞いて、少し恍惚とした。この三年間、こんなにも多くの人が自分のことを心配してくれていたなんて思ってもみなかった。目頭が熱くなった。

確かに榊蒼真は頂点に立っていた。藤丸詩織は三年間、テレビで彼をよく見かけていたことを覚えている。しかし残念なことに、彼女は記憶を失っていたため、見かけても彼を探すことはなかった。

藤丸詩織は心の中で言いたいことが山ほどあったが、最後には一言だけになった。「ありがとう。」

「お姉さん、そんなこと言わないで。私の方こそ感謝しなきゃ。お姉さんが私を支援してくれなかったら、どんなに頑張っても今の地位には到達できなかったかもしれない。あ、違う違う!私たちの間で『ありがとう』なんて他人行儀な言葉を使っちゃダメだよ!」榊蒼真は最後の方で焦り始めた。

榊蒼真の焦った様子に、藤丸詩織も影響されて、思わず笑みがこぼれた。

彼女は榊蒼真の言葉に従って答えた。「はい、分かったわ。」

藤丸詩織は榊蒼真が軽く笑うのを聞いた後、優しくも強気な口調で言った。「お姉さん、私も少し名が売れてきたから、何か手伝えることがあったら必ず言ってね。言ってくれないと怒るからね!」

藤丸明彦が先ほど榊蒼真に依頼すれば予約販売額が5億円に達すると言っていたが、藤丸詩織は彼に迷惑をかけるつもりはなかった。しかし今、榊蒼真がこう言ってくれて...

藤丸詩織は少し迷った後、最終的にこの件について話すことにした。「実は、お願いしたいことが一つあるの。会社でジュエリーのプロジェクトがあって、あなたにイメージキャラクターになってもらいたいの。」

「いいよ!明日すぐに帰国するから。」榊蒼真は藤丸詩織の言葉を聞くと、即座に承諾した。

藤丸詩織は榊蒼真がまだ海外にいることを知り、慌てて言った。「自分の仕事を先に済ませて。こっちの件は急いでないから、わざわざ帰ってこなくていいわ。」

しかし榊蒼真は承知しなかった。「ダメだよ!必ず帰らなきゃ!お姉さんのことは世界で一番大事なことだよ。他の何よりも大切なんだから!」

藤丸詩織は苦笑いを浮かべながらも、まだ断ろうとした。

しかし彼女が口を開く前に、電話の向こうの榊蒼真が先に話し始めた。

「もしかして...お姉さんは私にイメージキャラクターになってほしくないの?」榊蒼真の磁性のある声は低く、隠しきれない寂しさを含んでいた。

藤丸詩織はそれを聞いて、胸が締め付けられる思いがした。思わず否定した。「そんなことないわ!」

「へへ、そうじゃなければよかった。じゃあ帰国するね!」榊蒼真の寂しげな声は一転して明るくなった。

電話が切れた後も、藤丸詩織はまだ反応できずにいた。今の自分、もしかして策略にはまったのではないかと疑問に思った。

海外にいる榊蒼真は切れた電話を見つめながら、口角を上げて笑みを浮かべた。心の中で無比の喜びを感じていた。よかった、お姉さんが本当に帰ってきてくれた。

「だから言ったでしょう。藤丸さんは無事で、もう戻ってきているって。」長谷正樹は少し困ったような表情を浮かべながらも理解を示した。昨日電話を受けた時、自分も同じように興奮していたのだから。ただ、いつも冷静な榊蒼真がこんなに感情を失控するとは思わなかった。

榊蒼真は長谷正樹の声を聞いて、周りにまだ人がいることを思い出した。表情に出ていた感情を隠し、いつもの冷淡な様子に戻って言った。「今すぐ帰国しましょう。」

長谷正樹は驚いて、信じられない様子で言った。「今すぐ帰国ですって?でも広告の撮影が一つ残っているじゃないですか?」

「撮影する必要はない。」彼が今まで広告の撮影をしていたのは、自分の露出を増やして世界中のテレビに出るためだけだった。

しかし今はもうその必要はない。お姉さんが帰ってきたのだから。そう思うだけで、榊蒼真の心は喜びで満たされていた。