354 報告する必要なし

橘譲は一瞬固まり、我に返って静かに言った。「はじめまして、僕は橘譲です。詩織の三番目の兄です。あなたは?」

結城雛は俯いて、頬を赤らめながら小声で答えた。「はじめまして、結城雛です。詩織の親友です」

橘譲は結城雛の様子を見ながら、思わず口を開いた。「どこかで見たことがあるような気がします」

結城雛:「はい、以前よく詩織に会いに来ていました」

……

二人は言葉を交わし始めた。

藤丸詩織は呆れたように首を振った。これが恋愛特有の甘ったるさなのだろうと思いながらも、結城雛の恥ずかしそうで嬉しそうな様子を見て、彼女も嬉しくなった。

ファッションショーがまもなく始まろうとしていた。

藤丸詩織が事前に予約していた席に向かうと、隣の席には意外にも桜井蓮がいた。

藤丸詩織は眉をひそめながら尋ねた。「なぜここにいるの?」

桜井蓮は、藤丸詩織が数人の男性と笑顔で話している光景を思い出し、自分に対する冷淡な態度と比べて、心中非常に不愉快になった。

彼は藤丸詩織を冷たく一瞥し、目を逸らして不機嫌そうに言った。「ショーは一般公開されているんだ。来たければ来るさ」

相良健司は自社の社長のその言葉を聞いて眉をピクリとさせ、慌てて笑顔で言った。「桜井社長は、これがあなたの主催するショーだと知って、わざわざ応援に来られたんです」

桜井蓮は冷ややかに鼻を鳴らし、反論した。「知らなかったんだ。藤丸詩織の主催だと分かっていたら、来なかった!」

相良健司は口を開いたものの、何も言えずに口を閉じるしかなかった。

司会者:「紳士淑女の皆様、私たちの第一回刺繍をテーマにしたファッションショーがまもなく始まります。皆様のご注目をお願いいたします。この視覚の饗宴をお楽しみください!」

会場から熱い拍手が沸き起こった。

藤丸詩織は桜井蓮と言い争う気も失せ、ステージに集中した。

最初に登場したのは国際的に有名なモデルたちで、彼らは刺繍で作られた衣装を身につけていた。

観客たちは刺繍をテーマにしたファッションショーだと知っていたものの、実際に目にすると一瞬驚きを隠せなかった。多くの人々が魅了され、刺繍には素晴らしい発展の可能性があると感じたが、そうは思わない人々もいた。

藤丸詩織は周囲の声に影響されることなく、依然としてステージに集中し、榊蒼真と神崎湊の登場を待っていた。