藤丸詩織は榊蒼真を連れて家に帰り、「醒酒湯を作ってあげるわ」と言った。
榊蒼真は軽く咳をして、ゆっくりと目を開け、小声で「い、いいえ、自分で作りますから」と言った。
藤丸詩織は腕を組んで、キッチンへ向かう榊蒼真の姿を見ながら「実は酔ってないでしょう?」と尋ねた。
榊蒼真は足を止め、数秒の間を置いてからゆっくりと振り返り、うつむいて小声で「はい」と答えた。
榊蒼真は慌てて謝った。「お姉さん、ごめんなさい。嘘をついてしまって」
藤丸詩織は「大丈夫よ。酔ってないならそれでいいわ」と言った。
榊蒼真は頷いて、醒酒湯を作りに行ったが、つい考え事に没頭してしまった。
お姉さんは桜井蓮のあの言葉を聞いて、心の中でどう思っているのだろう。自分のことをどう見ているのだろう?
榊蒼真は結果を知りたかったが、藤丸詩織の目を見た瞬間、尋ねる勇気を失ってしまった。
藤丸詩織は榊蒼真の手から椀を取り、「醒酒湯はまだ熱いわ。少し冷ましてから飲みなさい。焦らないで」と諭すように言った。
榊蒼真は藤丸詩織の声を聞いて我に返り、素直に「はい」と答えた。
藤丸詩織は「お姉さんも詩織も、ただの呼び方よ。好きなように呼んでいいわ。桜井蓮の言葉を気にしないで」と言った。
榊蒼真は表情を変え、信じられないという様子で「本当ですか?」と尋ねた。
藤丸詩織は頷いて、「もちろんよ」と断言した。
榊蒼真は心の中で「詩織」と何度も唱えて心の準備をし、数分後に藤丸詩織を見上げ、唇を噛んでから「詩織」と呼んだ。
藤丸詩織は「うん」と答えた。
榊蒼真は寝ている時も口角が上がったままだった。
お姉さんも詩織も呼び方に過ぎないが、榊蒼真には違って感じられた。お姉さんと呼べば、藤丸詩織は彼を弟としか見ないかもしれない。でも詩織と呼ぶなら……
榊蒼真はその後の二日間、ずっと藤丸詩織に付きまとい、藤丸詩織がどこにいても、そこについて行き、まるで無尽蔵のエネルギーを持っているかのようだった。
榊蒼真はいつも大人しくしていたので、藤丸詩織も彼が傍にいることを許していた。
榊蒼真の元気は藤丸詩織と別れる直前まで続いた。彼は熱い眼差しで藤丸詩織を見つめ、目に名残惜しさを浮かべながら小声で「詩織、離れたくないです」と言った。