時田浅子は柳裕亮の腕の中に転がり込み、淡い香りが彼女の鼻に入ってきた。
この香りは、藤原時央の身に纏う深みのある香りとは違い、特有の爽やかさがあった。
思わず心臓が高鳴ってしまうような香り。
柳裕亮は自制して手を離し、心配そうに尋ねた。「大丈夫?」
「大丈夫よ」時田浅子は一歩後ろに下がった。
遠くで、二つの人影が病院のロビーから出てきたところだった。
藤原奥様が足を止め、後ろにいた家政婦は彼女にぶつかりそうになった。
家政婦が顔を上げ、藤原奥様の視線の先を見て、驚いた表情を浮かべた。「奥様、あれは若奥様ではありませんか?」
柳裕亮はすでに時田浅子から手を離していたが、ここから見ると、二人はとても親密に見え、まるで熱愛中のカップルのようだった。
「奥様、若奥様は……」
藤原奥様は振り返って家政婦を一瞥し、家政婦はすぐに口を閉じた。
「藤原家には余計な口を挟む人間は必要ない」
「わかりました。次からは決して余計なことは言いません。どうか今回だけお許しください」
「行きましょう」藤原奥様は前方へ歩き出した。
この光景は、ちょうど病院の駐車場に入ってきた斉藤若春の目に入った。
「まさに天の助け!藤原奥様がこの場面を見て、どう思ったかしら。私が思うに、時田浅子と柳裕亮の間にも何かしら感情があるはず。私が二人を結びつければ、むしろ良いことをしたことになるわ」
時田浅子は柳裕亮に手を振った。「先輩、送ってくれてありがとう。今度、ちゃんとご飯でもご馳走しますね」
「時田浅子、今どこに住んでるの?」柳裕亮が突然尋ねた。
「賃貸のアパートに住んでるわ」
「じゃあ、帰るときは電話してくれない?迎えに行くよ」
「いいえ、大丈夫です。自分でタクシーで帰ります。そんなに遠くないし」時田浅子は慌てて手を振った。
彼女はこれ以上柳裕亮に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
「わかった。早く行ってきな」柳裕亮は時田浅子に手を振った。
時田浅子が背を向けて去り、柳裕亮は彼女の背中を見つめ続け、視界から消えるまで見送ってから車に戻り、発車した。
斉藤若春も車を発進させ、病院を離れ、藤原時央に電話をかけた。
藤原時央はきっと、時田浅子が柳裕亮と一緒に帰り、彼が手配した運転手を断ったことを知っているはず。今頃、気分は良くないだろう。