真相

香織は前を歩く航を静かに見つめていた。その男はいつものように冷たかった。彼女を一度も見ることなく、そのまま歩き去った。

「杏、プレゼントを送ったわ。気に入ってくれたらいいな」香織はそう言うと、電話をきっぱりと切った。

香織は自分の駐車スペースまで歩き、車で美念の家に戻ると、美念は玄関を開けて出迎えた。

「香織、離婚証明書は?見せて?」美念は、香織が航と別れるのを本当に躊躇していないかと心配していたが、香織が離婚証明書を出すと、すぐに安心したように笑顔になり、それを手に取った。

香織は美念に微笑みかけながら、中に入って言った。「さあ、行きましょう!これからは私たちの時間です」

香織と美念はすでに京都行きの航空券を予約していた。彼女は三年間実家に帰っていなかったので、両親に会いたくてたまらなかった。早く会いたいという気持ちでいっぱいだった。

「ある場所に連れて行きたいの」美念は神秘的な表情で香織を見つめ、真剣な面持ちで言うと、スーツケースを引きながら駐車場へと歩き出した。

「どこへ?飛行機に間に合わなくなるんじゃない?」香織は眉をひそめ、不安げに尋ねた。

「サプライズよ!」美念は香織の拒否を待たずに、手際よくスーツケースをトランクに積み込むと、香織を助手席に押し込んだ。

美念が安川市を出発したとき、ある動画が各サイトで一気に話題となった。その動画には、杏が香織をプールに突き落とした後、自分も飛び込んで大声で助けを求める場面が映されていた。

それだけでなく、二人の会話もはっきりと聞こえていた。その中には、杏の狡猾な計算と香織の無知が露わにされていた。

「香織、あなたみたいな場末の人間が、藤原家に入ったからって安泰だと思ってるの?言っておくけど、お義母さまが可哀想に思っただけだよ!

「香織、あなたは私の邪魔よ。あなたがいなければ、私はとっくに航と結婚できていたはずなのに!すべてあなたのせいよ!

「だから、私のために身を引いてよ!」

……

動画は瞬く間にネット上で話題となり、全国の人々がこの騒動に注目した。昨日まで杏の流産を心から同情していた人々は、今日は香織に同情的な声を上げ、杏の行為を非難していた。

人々が香織のウェイボーを見ると、動画が拡散する一時間前に、彼女が離婚証明書と「申し訳ありません」という三文字を投稿していたことが分かった。

ネットユーザーたちは「申し訳ありません」という言葉を見て、一斉に後悔の念を表明し、コメント欄には数分で何万もの書き込みが殺到した。その中には、香織に対する謝罪や支持の声が多数含まれていた。

「香織さん、ごめんなさい。本当に私が間違っていました!」

……

この件はすぐに航の耳に入った。彼が会議室で会議中だったとき、秘書が外から入ってきて、動画を彼の前に置いた。

航は険しい表情で立ち上がり、オフィスに向かって歩き出し、他の社員たちを会議室にそのまま放置したままにした。

秘書はすぐに航の後を追った。彼は頭を下げ、自分の存在感を極力抑えながら、慌てて航の後をついていった。火の粉が降りかかるのを避けるためだった。

航は暗い表情でオフィスに戻り、全身から抑圧的な雰囲気を漂わせていた。彼は動画を注意深く一度見直し、その黒い瞳は底なしの淵のようだった。

「動画に編集の跡はないか?」

「ありません」秘書の林楠見(はやし くすみ)は唇を噛みながら、おずおずと答えた。

「つまり、この動画は本物だということか?」航は眉をひそめ、鋭い眼差しで楠見を見据え、一字一句はっきりと尋ねた。

「はい」楠見は頭を下げたまま、プレッシャーに耐えながら、声をひそめて答えた。

「トレンドから外せ」航は唇を引き締め、動画の内容とあの夜の杏の哀れな様子を思い出しながら、「動画を完全に抑制し、一線級女優の鈴村緑(すずむら みどり)の子供遺棄事件をリークしろ」と指示した。

航は今、一線級スターの話題性を利用して、動画がもたらす影響力を相殺することだけを考えていた。

楠見はその場に立ったまま、指を素早く動かしてスマートフォンを操作した。彼はすでにトレンドの削除を指示していたが、削除は早かったものの、トレンドの上昇も早く、各SNSと交渉しても効果は見られなかった。

楠見も当初は、一線級スターのスキャンダルでこの騒動を抑えようと考えていたが、彼には最終決定権がなく、結局は航の指示に従うしかなかった。

楠見は各プラットフォームと連絡を取り、トラフィックデータを受け取ったとき、その数字に少し困惑した。

「社長、緑の件ではこの動画を抑えることはできません」楠見は目を上げて航を見つめ、低い声で説明した。「おそらくトップスタークラスでないと無理です」

「鈴村洋二(すずむら ようじ)をリークしろ」航は唇を固く結び、表情を引き締めて少し考えた後、低い声で言った。

楠見は信じられない様子で航を見つめた。

洋二は藤原グループの金のなる木だった。社長がここまで大きな犠牲を払うとは、誰も思っていなかった。

楠見は黙って、厳しい表情を浮かべた。

「できれば架空の事件をでっち上げろ。後で白を切りやすくなるからな」航は低い声で言い、手を上げて楠見に下がるよう合図した。

楠見は軽く頭を下げると、無言でその場を後にした。

航はひとり、疲れた様子で椅子に腰を下ろすと、手でこめかみを押さえながら、机上のタブレットに映る動画をちらりと見やり、複雑な表情を浮かべた。