「大丈夫です。自分で上がれますから。もう遅いので、お先に休んでください」島田香織は陸田健児の目に宿る優しさに少し居心地が悪くなり、目を伏せて、心を落ち着かせた。
彼女は本当に陸田健児に時間を無駄にしてほしくなかった。
陸田健児は島田香織が彼から距離を置きたがっていることに全く気付いていないようで、優しく微笑んで「わかりました」と言った。
島田香織が顔を上げると、思わず陸田健児の深い愛情に満ちた瞳と目が合ってしまい、彼女は顔を逸らして「おやすみなさい」と言った。
「おやすみなさい」
陸田健児は手に持っていた花を島田香織に渡しながら、優しく言った。
島田香織は頭がぼんやりとしたまま、マンションの入り口まで歩き、少し躊躇してから振り返って陸田健児を見た。
彼はまだ同じ場所に立っていて、街灯の光が彼の顔を照らし、その魅力的な涼しげな目は笑みを湛えていて、思わず見入ってしまうほどだった。
陸田健児は彼女が振り返ったのを見て、島田香織に手を振った。
島田香織は申し訳なさそうに目を伏せ、心の中は複雑な思いで一杯だった。
島田香織は家に帰り、電気をつけると、階下の陸田健児のことを考えながら、まるで悪魔に取り憑かれたかのように窓際へと歩いていった。
彼女はカーテンの後ろから小さな隙間を作り、陸田健児が車で去っていくのを見た。
彼は彼女に会いに来て、会えたら帰っていったのだ。
陸田健児の車が徐々に遠ざかっていくのを見ながら、島田香織はソファまで歩いていき、陸田健児の行動が何を意味するのかよく分かっていた。
以前、彼女も藤原航に一目会いたくて、こっそり藤原航の教室の前まで行ったことがあった。
片思いの時間はとても素敵だった。もし藤原家に嫁いでいなければ、きっと一生涯、藤原航のことを一途に想い続けていたことだろう!
翌日、島田香織が会社に着くと、奈奈さんが迎えに来て、藤原グループが『戦神』の映画の協力について話し合いに来ていると言った。
「そういった件は奈奈さんが話し合ってくれれば大丈夫よ。私はこの脚本をとても気に入っているから、要求があまり厳しくなければ受け入れましょう」島田香織がそう言ったのは、完全にその映画が好きだったからで、この映画で様々な賞を獲得できると思っていた。